
ディアナ抵抗軍のアジトは、セレネの街外れにある秘密会合所と同様、地下にあった。
地上にある建物の見てくれは単なる廃墟だが、やはり地下に通じる階段が用意されており、地階は広大な面積を持つ大広間がいくつも連なっている。
この地下アジトには約300人ほどの人々が暮らしており、水は地下水を流用、食料はシーガイア軍から奪ったり、獣を狩ったりと自給自足の生活をしている。
だが、やはり食糧不足は否めず、地下にいる人々は慢性的な栄養失調で生気がなかった。また、衛生面についても悩みの種で、排泄物は外に捨てればいいが、風呂に入るなど贅沢な話で、むわっとした垢の臭気が地下室全体にたちこめていた。
リューベンは客間に案内されるまでの間、その様子を見て、
“まだまだこの地方は発展途上、というところだな……”
という感想をもった。
レティシア直々の案内で、広大ではあるが殺風景な地下室を通り過ぎ、多少はましな調度品の並んだ客間にリューベンたち一行は移った。
「さあ、どうぞ、何もないところですけれど、掛けてください」
レティシアのその言葉を合図に、おのおの思い思いに自分の席を見つけて腰を下ろしていく。
客間には、レティシア、ヴァハ、リューベン、ミュッセという面々が顔を揃えることとなった。
「えっ?君があのエクスか!?」
リューベンはお茶を持って入ってきた女の子が、レティシアの実の妹、エクス・ビュネーンだと知らされ驚いた。
「お久しぶりです。リューベン様」
そう言うエクスの外見は、体はほっそりしていて、手足が可憐に小さく、アーモンド型の大きな目にブルーの瞳。顔は愁いを含んで、梨の花のごとくかすかに青く、服の好みもしとやかで、黒のドレスに翠色のケープを羽織っている。
ただしレティシアとは似ていない。レティシアが容姿端麗な才女の美貌だとすれば、エクスのそれは可憐な人形といった風だ。似てる点があるとすれば、双方とも見事なプラチナブロンドの髪をしている点であろうか。しかし、それもレティシアのは巻き毛で、エクスは細い直毛を綺麗に切り揃えられている。
性格も全くといっていいほど似ていないこの姉妹は、内陸部抵抗勢力の間では噂の種だった
「無理もないわね。あなたが最後にエクスを見たときは、確かエクスは6歳ごろだったはず。今年でエクスももう14歳ですもの」
「それにしても、何というか、こう……しとやかで綺麗なレディになったなぁ」
リューベンはエクスの方をまだ凝視して、そんなことを言っている。
「もう、リューベン様ったら……」
エクスは頬を紅潮させ、顔を伏せた。
「ほんと、私にも再会した時に、お世辞の一言ぐらいかけてほしかったわ」
レティシアはそう言って、ぷーっとすねた真似をしてみせた。
「あ、ごめん……」
「フフ、冗談よ。変に真面目なところは変わってないみたいね」
レティシアが悪戯っぽく言う。
「コホン、ところでレティシア王女、本題に入らせてもらってもよいですかな?」
ミュッセはあくまで実直だった。良いか悪いかは別にして、昔からこういう性格なのだ。
「あ、ごめんなさい、ミュッセ。そうですね――単刀直入に言わせてもらいますと、リューベン率いる南部の抵抗勢力と、この内陸部の抵抗勢力をひとまとめにできないか?という事なのです」
レティシアの声には、いつになく力がこもっていた。
「リューベン、さっきあなたは25の抵抗軍を傘下においていると言ったわね?全軍の指揮官は誰なのかしら?」
「一応、私ということになっている。ミュッセが奔走してくれて、各地に散り散りになっていた抵抗軍をクルトニア抵抗軍に引き入れてくれたんだ。といっても、私が全てを決定するのではなく、各抵抗軍のリーダーには将軍という肩書きを与えて、必要に応じて私と各抵抗軍の将軍が話し合って軍を運営するという方式をとっているけどね」
リューベンの回答に、レティシアは驚嘆の声をあげる。
「それこそ私たちが目指していた『軍』に近いものよ」
「内陸部の抵抗勢力はそうじゃないのか?」
そう聞かれると、レティシアは肩を落とし、軽くため息をついた。
「ええ。いちおう連携はしているけど、全軍を統括するリーダーがいないのが現状なのよ。これでは、何か不測の事態が起こるとすぐに空中分解を起こしてしまうわ。私が目指してるのは、強力な指揮系統をもった巨大な軍を創設することなのよ」
「なるほど」
リューベンもミュッセも、同時にうなずいた。
「ミュッセ、それにしても、よくそれだけの数の抵抗軍を引き込めましたね?しかもまだ若いリューベンを指揮官にたてて」
レティシアはミュッセの方を向いて言った。それこそレティシアが一番聞きたかった事であるといっても過言ではない。そんな大事業を成功させているのだとしたら、ミュッセは天才的な軍師としての才能の持ち主ということになる。
「最初はもちろん苦労しました。いくらリューベン様がファルコン共和国の宗主国、クルトニア王国の王子だといっても、8年前の時点では没落した国の王子に過ぎませんでしたからな。いくら血統が良くても、あの混乱に満ちた時代ではなかなか人はついてこないものです」
「ええ。そのことは私も身に染みております。国が滅びてしまえば、身分もなにもあったものではありませんでしたからね」
お互い、シーガイア王朝に祖国を滅ぼされ、亡国の王子と王女になった身である。
人というのは、何か自分に利益がないと付いてきてくれないという真実は、身をもって痛感しているのである。
ミュッセは続ける。
「だから最初は生き残ったクルトニア王国の忠実な家臣だけで組織をはじめたのです。当然、少数でしたから、ゲリラ戦法を主として、使える戦法は何でも駆使してきました。そして、各地のバリア人狩りにあっている村を救ったり、護送中の捕虜を救い出したりして、徐々に仲間を増やしていったのです」
「レティシア様と同じですね。私も捕虜だったところをレティシア様とエクス様に救われたのです」
ヴァハは、誇らしげに自分を救ってくれた2人の王女の名を口にした。
ヴァハの言葉を受けて、ミュッセはゆっくりとうなずいた。
「そうですか。やはり、どの抵抗軍でもそういったやり方で仲間を増やしていくのが主だったのでしょうな――ともかく、そうやってクルトニア抵抗軍は力をつけていきました。一方、私が力を入れたのが、言葉は悪いのですが……リューベン様を『英雄』として仕立て上げるよう教育する事でした」
「英雄に仕立て上げる?」
唐突な言葉だった。思わずレティシアは聞き返す。
「そうです。組織が大きくなるにつれ、仲間内で意見が衝突したり、反目しあったりということが多くなってきていたのです。このままでは、組織をまともに維持していくことができない――そう感じた私は、一人の『英雄』を全軍の象徴として打ち立て、軍を統制させることを思いつきました」
「それがリューベンだと?」
「そうです。今、このファルコン半島で最も必要とされているのは、ファルコン半島の人々の力を引き出し、戦うための集団としてまとめあげることのできる偶像(アイドル)なのです。リューベン様は生まれながらにして、かつて豊かだったファルコン共和国の宗主国、クルトニア王家の血を引いておられる。資格は充分でした。ですから私は偶像(アイドル)としてふさわしいよう、この7年間、リューベン様を徹底的に教育してきたのです」
ミュッセの言うこともわかるつもりだ。理にもかなっている。が、リューベンはそれで平気だったのだろうか?
「けれど……リューベン、あなたはよくそんな役を引き受ける気になったわね?」
レティシアは、少し眉をひそめて聞いてみた。
「そりゃ、私だって、最初は抵抗があったさ。私はただのお飾りの人形じゃないか!と、何度もミュッセと衝突したよ。けれど、私が我慢することで、組織がまとまり、より多くの人々を助けられると気付いた時、すべてを受け入れる覚悟が出来たんだ」
そのリューベンの言い方は、ひどくさっぱりしたもので、吹っ切れたものを感じさせた。
「そう……」
「リューベン様は、私の厳しい指導にもめげず、見事に期待に応えてくださいました。その成果が実り、クルトニア抵抗軍の周りには多くの人々が駆けつけ、急速に力をつけるに至ったのです。力をもった我々に、残った抵抗軍の人々を引き込むのは容易でした。こうして、ファルコン半島南部の全抵抗勢力はクルトニア抵抗軍と団結し、今の我々があるのです」
ミュッセの話が終わると、それをしめくくるようにリューベンが口を開いた。
「……と、いうことなんだ。恥ずかしい話なんだが、私がクルトニア抵抗軍の総指揮官でいられるのは、ミュッセをはじめとしたみんなのおかげなんだ。私の役目は、反シーガイア勢力の旗印として、兵を鼓舞することにあるだけなんだよ」
リューベンは謙遜しているが、おそらく先程の決闘から見て剣の腕も一流であろう。実戦についてもかなりの修行を積んだに違いないとヴァハは推し量った。
「……素晴らしいわ、リューベン。あなたがいれば、ファルコン半島全土に散らばっている全ての抵抗軍をまとめあげるのも夢じゃない……!」
全ての話を聞き終わった後、レティシアはこれまでになく瞳を輝かせて、期待に胸を膨らませているようだった。
「レティシア。君から内陸部の全抵抗軍に呼びかけてくれ。クルトニア抵抗軍と同盟を結ぶことを!」
「もちろんよ!」
2人は立ち上がり、固く手を握り合った。
数日後、セレネの街の酒場にある秘密の会合場に、内陸部の全抵抗軍が集まっていた。
レティシアが緊急招集をかけたのである。
「――と、いうことです。今やクルトニア抵抗軍の勢力と組織力は、我らを遙かに凌いでいます。その総指揮官、リューベン・スターロード王子が同盟を結びたいと仰いでくれたのは、行き詰まった我らにとって僥倖(ぎょうこう)以外のなにものでもありません。私は、ぜひクルトニア抵抗軍と同盟を結ぶことを提案します」
レティシアは、ファルコン半島南部の抵抗勢力がいかに組織として完成されているか、そして自分たちがそれと同盟を結ぶことに意味があるかを、全身全霊をもって伝えたつもりであった。
しかし、レティシアの興奮とは裏腹に、場はしんと静まりかえっていた。
何が不服なのだろう?そう考えていた時、ミロトー抵抗軍のリーダー、リリッツ・グメイアが尋ねる。
「しかし……我らはレティシア様を信じてこそ今日まで付いてきたのです。それをいきなりリューベン王子率いるクルトニア抵抗軍の傘下に入れというのは……」
「傘下に入るというのではありません。同盟を結ぶのです。私は同盟軍の将軍として、これからは内陸部の抵抗軍を統率することに全力を尽くさせていただきます。リューベン王子は、あくまで全軍の旗印……つまり反シーガイア勢力の象徴としての存在で、立場は我らと対等なのです。それにリューベン王子自身、知勇を兼ね備えた名将としてもファルコン半島南部に名を轟かせています。皆さんの期待を裏切らない素晴らしい人物であることは、私が保証します。
皆さん、これは千載一遇のチャンスなのです。我らが同盟を結べば、組織はさらに膨れあがり、それに呼応して各地に散らばっている多くの抵抗軍も合流してくれるでしょう。そうすれば、シーガイア軍を圧倒するほどの組織を作り上げることも夢ではありません!」
レティシアの声にはいつになく力がこもっていた。皆は、彼女の声にこれほどの張りがあることを初めて知った。いつもは、あくまで丁寧に教え諭すような口調で話す女性なのだ。
「なるほど……あくまで同盟という関係ならば私は異論はありません」
最初に賛成してくれたのは、フォルカス抵抗軍のリーダー、レイドリック・マクシミリアン卿であった。長年、内陸部の抵抗勢力を支えてきた彼が賛成したのである。皆の間にどよめきがはしった。
そうするうちに、一人、また二人と賛成する者が現れ、それは瞬く間に他の者へと伝播していった。
「レティシア様がそこまで言われるなら!」
「打倒シーガイア王朝につながるのなら、私も賛成です!」
レティシアの情熱が伝わったのか、会場は満場一致をもってクルトニア抵抗軍と同盟を結ぶということに落ち着いた。
レティシアは、目を涙でうるませ、深々と頭を垂れた。
「ありがとうございます、みなさん!」
それからさらに数日後の昼。
内陸部の抵抗勢力が集会に使っている、昔の競技場にて、同盟の締結と総指揮官であるリューベンの挨拶を兼ねた演説が執り行われることになった。
ここまで大々的な集会が開かれるのは、内陸部の抵抗勢力の人々にとっては初めてのことである。競技場には約1000人もの人々が集まり、どよめきながらも壇上に注目していた。
しばらくすると、リューベンを筆頭に、南部と内陸部の主な抵抗軍リーダー達が壇上に姿を現した。その中にはレティシアの姿もあった。
リューベンは、見事な意匠が施された白銀の鎧を全身にまとい、祖国クルトニア王国の紋章が染め抜かれた紅のマントに身をつつんでいた。
リューベンを筆頭とし、抵抗軍リーダーの面々が壇上に登ると、どよめきたっていた人々は一瞬にして沈黙し、リューベンが喋りだすのを見守っていた。
皆が静まりかえるのを確認したリューベンは、兵達の顔をぐるりと見渡し、演説を始めた。
「諸君、私がクルトニア抵抗軍の総指揮官、リューベン・スターロードだ!このたびは、我らクルトニア抵抗軍と同盟を結んでくれることを快く引き受けてくれ、大変感謝している。しかし、同盟を結んだと言っても、諸君らのリーダーは同盟軍の将軍として迎え入れ、あくまで我らの立場は対等である!
そして以後はッ!
我らが同盟を結んだ証として、この組織の名を『ファルコン自由解放同盟』と正式に改めるッ!
かつて、ファルコン共和国を構成していた5つの王国――クルトニア王国、ディアナ王国、ニュクス王国、エレボス王国、ルーヴェルラント王国を復活させ、このファルコン半島に再び平和と自由を取り戻すのだ!
諸君らの強い意志を持った瞳を目の前にして、自分がいかに心強く感じ、頼もしく思っているか、この胸を開いて見せたいくらいである!命ある限り、よろしく生死をともにしたい。期待する!兵士たちっ!!」
リューベンの演説が終わると同時に人々は一斉にうおーっと歓声をあげ、その声は天にも届かんばかりであった。
その声は競技場を揺すり、壇上に立つリューベンをはじめとした抵抗軍リーダー達の腹に響くほどのものだった。
演説が終わると、レティシアはお礼を言いにミュッセのもとに駆けつけた。リューベンはまだ他の抵抗軍リーダーから引っ張りだこにあっている。
「凄いものですね。なまじの教育でも、あそこまで兵の士気を鼓舞することはできないでしょう」
レティシアはまだ興奮の冷めやらぬ声でそう言った。
「はい。リューベン様は、天性のカリスマ性というべきものを持っていらっしゃいます。私がやったのは、それをほんの少し伸ばすお手伝いをしただけのことであります。ただ……」
「ただ?」
妙なところで言葉を句切るミュッセに、続きを促すレティシア。
「リューベン様は純粋すぎるがゆえに、作戦指揮官として間違った選択をすることが多々あります」
「非情になりきれないということですか?」
「それもあります。何にせよ、リューベン様はまだ16歳という若さ。悩むことも多いのです。そのために、我々が手助けをしなければ……」
少しの沈黙のあと、レティシアは凛とした声で決意をミュッセに伝えた。
「わかりました。私も若輩者ですが、同盟軍の将軍に任命されたからには、精一杯リューベンを支えていこうと思います」
「ありがとうございます。レティシア王女」
そう言って、ミュッセは深々と頭を垂れた。