第9章 勇者と王女の誓い

 ファルコン半島。
 ウォルス大陸、東方のユーロゥ地方と西方のアメリア地方に挟まれ、大陸のほぼ中央部に位置する小さな半島で、200年の永きにわたりファルコン共和国によって統治されてきた。
  ファルコン共和国は、全部で5つの王国によって構成されており、初めてファルコン半島を統一した開祖であるクルトニア王家に続いて、ディアナ王家エレボス王家ニュクス王家ルーヴェルラント王家によってそれぞれの地域が統治され、各国の間には宗主国であるクルトニア王家を筆頭に若干の主従関係はあったものの、評議会を中心とした民主的な協議のもと、決して豊かではないが平和な時代が続いていた。
 
  しかし、9年前…ウォルス歴1531年の頃である。
  ファルコン半島のはるか東方に位置する宗教国家リドル神聖国が、聖神ザフネスを唯一絶対の神とした『ザフネス教』の教化政策のため、ファルコン半島にリドル神聖国に属するシーガイア公国を筆頭とした大遠征を繰り出してきたのである。
  ファルコン共和国は、ザフネス教への改宗を迫られたが、これを拒否した。
 
  本来、ザフネス教とは、1500年前に人類を滅亡の寸前まで追いやった伝説の混沌『カオス』に対抗するためのものだった。不老不死の力を得、1500年前から生き続けていると言われる聖女ゼノビアによって始めて提唱され、『人類全体がいかなる逆境へも立ち向かえるよう秩序正しく生を営むことによって、人類の滅亡を未然に防ぐ』という教義を持っていたが、実態は人種によって人間を縛り付け、人種間には本質的な優劣の差異があるとする見解に基づく、苛烈な人種主義そのものに他ならなかった。
  特に、ザフネス教では劣等人種とされるカルム人、バリア人や他宗教を崇める者に対する迫害、弾圧は並大抵のものではなかった。
  ファルコン共和国5王国は、多くの民族が混在しつつも、つつましく、それぞれの人種が協力して築き上げてきた国家である。
  しかも、ファルコン共和国は全国民の6割近くをバリア人が占めていた。
  『人種の違いによって人間を格付けする』という、ザフネス教への改宗など受け入れられるはずがなかったのである。

 そして戦争が始まった。
  が、リドル神聖国は強大な軍事力も備えた大帝国だった。
  始めからファルコン共和国にとって、この戦争自体に勝ち目がないことは誰の目に見ても明らかだった。
  またたく間にファルコン半島5王国は討ち滅ぼされ、その周辺諸国も根絶やしにされていった。
  200年以上の歴史を持つファルコン共和国は、たった数年で滅亡してしまったのである。
  リドル神聖国の派遣したシーガイア公国は、ファルコン半島全土を征服し、本国からの勅命によりシーガイア王朝の建国を宣言。ファルコン半島を支配するに至った。
  それが現在のシーガイア王朝である。
 
  それから9年間――ファルコン半島に住む民は、シーガイア公国イレード家の建国したシーガイア王朝に絶対服従するしかなかった。
  シーガイア王朝の王ゴルベリアス・イレードは、逆らう者や異端者に次々と容赦ない弾圧を加えていった。その残虐さから『魔王』の異名で人々から恐れられていたのである。
 
  滅亡したクルトニア王国の王子、リューベン・スターロードが旗上げをしたのは、必然の事だったのかもしれない。
  国を滅ぼされ、有無を言わさずリドル神聖国とシーガイア王朝に与えられた宗教と価値観を押しつけられた上に、それに従わない者は容赦なく弾圧される世界……ファルコン半島に住む人々の我慢は、もはや限界に達していたのだ。
  そして、その苦しみも、もうすぐ終わろうとしている。
  リューベン率いるファルコン自由解放同盟は、破竹の勢いで勝ち進み、もう一息でシーガイア王朝の息の根を止めようとしているのだ。
  永く苦しい地獄のような時代も、もうすぐ終わる……人々はただそれだけを希望に抱き、ファルコン半島の未来を、若き英雄リューベン・スターロードに託したのだ。

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

 春の温かい日差しが、ゲッセマネの砦の白い石でできたテラスを包み込んでいた。
  そのテラスの手すりにゆったりと腰をかけている貴婦人が一人。
  美しく気品のある顔立ちに、プラチナブロンドの髪が正面から照らし出す陽光に映える。ゆったりとした薄手のストール(婦人用の細長い肩掛け)に、控えめな装飾のドレスに身を包んでいる。
  しかし、その面持ちはどこか哀しそうな憂いをたたえて、蒼く縁取られた瞳は遥か彼方の地平線を眺めていた。
「レティシア……」
  テラスの奥にある部屋から若い男の声が響いた。
  その声に反応してレティシア・ビュネーンはゆっくりと振り返った。
  声の主は、彼女の恋人である、リューベン・スターロードのものであった。真っ白な詰襟の服に、紺色をした薄手のマントを羽織っている。
「リューベン、こんなところにいて大丈夫なの?」
「ああ。ほとんどの準備は整った。あとは最終の打ち合わせが残るばかりだ。いよいよ明日、シーガイア王朝の首都アストレーゼに向けて出陣する。伝令からの報告によると、もはや敵にはろくな戦力も残っていない上に、民も飢餓状態に陥っていると聞く。一週間前届いた書簡では、シーガイア王朝側も首都アストレーゼの開城と市民達の解放を約束してくれている。やっと長かったこの戦いも終わるんだ」
  リューベンは金髪の髪をなびかせて、顔に微笑をたたえたままレティシアの側に寄り添うように立った。
「綺麗だな……」
「ええ」
  目の前に広がる雄大なファルコンの大地。
  その地平線のはるか彼方には、かすんだ山脈が連なり、薄紫色のオーロラが遠望できる。
  だが、レティシアの顔は曇ったまま、リューベンの端正な横顔を見つめていた。
「この美しいファルコンの大地……きっと取り戻してみせる」
  真っ直ぐな視線で、彼方を見つめたままのリューベンは呟く。
  その声には確かな決意と、力強さが感じられた。
「リューベン、きっと…きっと帰って来ると約束して……」
  レティシアは、しぼり出すような声で、自分の手をそっとリューベンの手に重ねた。
「……約束する。このファルコン半島を解放して、君の祖国、ディアナ王国もきっと再興させてみせるよ」
「そうではないの。私は、あなたにもしもの事があるかと思うと……」
  リューベンは、レティシアの握る手がかすかに震えたのを感じ取った。
  しかし、リューベンはそれを承知した上で毅然とした口調をもってレティシアを諭した。
「仮にも一国の王女がそんなことを口にしちゃいけない。いいかい?シーガイア王朝に滅ぼされたとはいえ、君は今でもディアナ王国の王女だ。個人的な感情は捨てるんだ。もし万が一、私が今回の戦いで果てたとしても、君は民の指導者である王族として、このファルコン自由解放同盟を率いて戦う義務があるんだぞ」
「………」
「大丈夫、私は死にはしないさ。シーガイア王朝の圧政をこのファルコン半島から退(しりぞ)け、ゴルベリアス王を倒す。かつての争いのない、平和なファルコン共和国の時代を取り戻してみせる……それがファルコン半島に住む全ての民の悲願だった。それまでは……」
「リューベン、私はいつまでも待ってるわ。…あなたの子供もそれを望んでいる」
「レティシア、それは……!?」
  レティシアの告白に、リューベンは目を丸くして一瞬言葉を失った。
  歓喜の感情が胸の底からこみ上げてくるのを抑えきれなかった。
  若き王女は続ける。
「……名前も考えてあるの。男の子ならゼノラー、女の子ならミューゼと名付けるつもりよ……どうかしら?」
  レティシアは少し顔を赤らめながら尋ねた。
「ゼノラーにミューゼか……いい名だ!ファルコン半島を、幾度となく異国の侵略者から守り通した伝説の英雄達……初代十二神将からとった名前だね?」
「ええ。この子には、かつて美しく、争いのなかったファルコン共和国の未来を託したいと思って、そう名付けたの」
  そう、ゴルベリアス王を討ち倒せば、この暗黒の時代も終わり、希望に満ちた未来が開けているだろう。
  その未来の担い手である子供には、この上もなくふさわしい名だとリューベンには思えた。
「このファルコン半島と、そこに住む全ての民にはあなたが必要なの。私達の子供達のためにも、あなたは生きて、宗主国クルトニア王国の、そして、ファルコン半島の新しい時代を築かなくてはならないのよ」
  リューベンは、天に感謝した。
  この女性と巡り合わせてくれた運命に対して。
  この若き王女は優しく聡明で、そして何よりも強い。心から尊敬に足る伴侶であると実感した。
「そうか……。約束する。私は生きて帰って、生まれ出てくる子供達のために新しい国を興す。もちろん、その時は君も一緒だ」
「リューベン……」
  二人の若い男女は、互いに寄り添い、美しくどこまでも広がる緑の大地をいつまでも見つめていた。





【ネット小説のランキングに参加しています。
この作品が気に入っていただけましたら投票をお願いします】

【よろしければ、この小説の批評・感想・アドバイスをこちらの掲示板にてお願いします】
→掲示板はこちらから