第10章 不測の事態

「ゴルベリアスという男は気が狂っているのかっ!?」
  リューベンの怒声が、会議室中に響き渡った。
  ゲッセマネの砦の会議室では、明日の出陣に備えて、同盟軍の将軍達を集めた軍議が開かれていた。
  リューベンを始めとし、同盟軍十二神将達は大きな円卓状のテーブルに腰を落ち着け取り囲んでいる。
  だが、ファルコン自由解放同盟の勝利は目前に迫っているというのに、会議室全体の空気は緊張の糸が張り詰めている。会議室に窓がなく、全体的に薄暗い事が重苦しい雰囲気をさらに助長していた。

 
  現在リューベン達が駐屯しているゲッセマネの砦は、シーガイア王朝の首都アストレーゼから馬の足で2日足らずの場所に位置している大要塞である。
  もとはシーガイア王朝の砦であり、王朝側からすれば最後の生命線といえる砦だった。
  しかし、3ヶ月前に同盟軍の猛攻を受けてあえなく陥落。
  今では逆に同盟軍が砦を占拠し、最前線の拠点として使っている。
  ゲッセマネの砦からは、シーガイア王朝首都アストレーゼは目と鼻の先であり、同盟軍は、各方面からの補給を最大限にゲッセマネの砦に集中させて、大量の物資と兵力、それに攻城兵器を首都アストレーゼにいくらでもぶつける事ができたのである。
 
  1週間前、最終防衛線まで突破され首都も完全包囲されているシーガイア王朝側は、もはや戦争を続行するのは困難だとして、同盟軍側に『首都アストレーゼの開城を条件に、首都の市民全ての安全を保証してもらいたい』と要請する書簡を送りつけてきた。
  既に圧倒的に有利な立場である同盟軍側としても、なるだけ無益な戦い――将兵や騎士は仕方ないとしても、力のない市民の命を無差別に奪うのは避けたかったところであったので、双方の利害は一致し、シーガイア側の要求を承諾することにしたのだ。
  だが。
  何を思ったのか、シーガイア王朝の王ゴルベリアス・イレードは今日の夕方になって、今までの流れを全て破棄し『我々、アストレーゼ市民と騎士、諸侯は最後まで徹底抗戦を断行する』との書簡を送りつけてきたのである。
  盟主リューベンをはじめとした同盟軍の将軍達は、この急激な変化に戸惑いを隠せなかった。


「シーガイア王朝にはもうあとがないはずだ!すでに首都アストレーゼは、我ら同盟軍6万の兵で完全に包囲している。外界からの補給線も、情報も、完全に遮断した。明日にでもアストレーゼの城壁を破ってこちら側は総攻撃を加えられる。しかし、そうなったら市街戦になっておびただしい数の市民が犠牲になるのは目に見えてる。そういう意味もわからないのか、あのゴルベリアスという男は!」
  ゴルベリアスの君主としてあるまじき振る舞いに、リューベンは怒りをあらわにし、机を叩き付けた。
「ですから、リューベン様、何度も申し上げてるはずです。おそらくゴルベリアス王は、市民を盾にして、我々の総攻撃を少しでも遅らせようと考えているに違いありません。言わば肉の壁ですな。それに、首都アストレーゼを包囲してもう3ヶ月になります。このまま何もしないでいると、シーガイア王朝の母国であるリドル神聖国から増援が派遣されるかもしれません。そうなったら、我らの優勢は総崩れとなります。今が絶好の機会なのですぞ?」
  そう進言したのは、クルトニア王国の騎士でもあり作戦参謀でもある、ミュッセ・リガンスタインだった。紺色の詰襟服を几帳面にキッチリと着こなし、金色の髪も櫛で丁寧に分け目をつけている。
「君主であるゴルベリアス王が断固として市民を解放しないというなら、致し方ありません。戦争に犠牲はつきものです。我々が勝利すれば、何百万といるファルコン半島の民が解放されるのです。今更、何を躊躇することがございます?勝利すること。これが全てです」
  ミュッセは極めて合理的な男だった。合理的すぎるのだ。
  リューベンは、幼い頃から自分を守り通し、忠誠を誓ってくれていた彼に感謝はしてはいたが、こういったところは、今になっても好きになれなかった。むしろ嫌悪していると言ったほうがいい。
「しかし、ミュッセ。何の罪もない市民を巻き添えにするというのは……」
「何の罪もないだって?ハッ!笑わせるねッ!」
  その辛辣な言葉を吐いたのは、同盟軍の女将軍ヴァハ・フレイムだった。燃えるような紅い瞳に紅い髪。端正な顔立ちなのだが、切れ長の目とその瞳に宿る気性の荒さはどの将軍よりも強いものだった。戦場でもないのに、簡単な皮鎧をまとっている。多分、武芸の稽古から抜け出してきたばかりなのだろう。
「首都アストレーゼにいる市民は、みんなザフネス教の信者さ。バリア人やカルム人を弾圧し、いたぶり殺すのを見て見ぬふりをするどころか、率先して応援してきた。そのツケを払う時がきたんだよっ!」
「ヴァハ!少しは落ち着け!興奮しすぎだぞ!」
  そう彼女を諭したのは、今は滅亡したニュクス王国の王子、ネヴァン・フリーダムだった。
  金色の髪を後方に撫でつけ、彫りの深い端正な顔立ちは、王族の気品を感じさせた。彼も同盟軍の希望の象徴として、将軍に列席されている重鎮である。しかし、その整った顔と地位とは裏腹に、豪快でざっくばらんな性格でもある。
  が、ヴァハは、そのネヴァンを一瞥しただけで、
「フン、あいにく、あたしはあんたらと違って平民出身なんでね。品位までは責任もてないよ。でもね、これだけはハッキリ言わせてもらう。ザフネス教の信者は人を人と思っていないってことをね!あいつらのせいで、どんなに多くの罪もないバリア人とカルム人が殺されていったか――いいかい?本当のところを言えば、あたしは首都アストレーゼにいる市民は、根絶やしにしても飽き足らないくらいなんだよ。それほどの事をしてきたっ!あいつらはっ!」
  ヴァハはそう叫んで、バンッとテーブルを叩いて椅子を蹴り上げるようにして立ち上がった。テーブルの上にのっていた木製のカップが横倒しになり、中身がぶちまけられた。
  普段のヴァハはここまで苛烈ではない。本当は気さくで明るい性格の娘なのだ。だが、ことザフネス教によるバリア人迫害の事に話が及ぶと、二重人格ではないかと思えるほど態度が豹変する。今のヴァハがまさしくそうだった。

  首都アストレーゼに住んでいる市民は、全てザフネス教では『神の子』とされるウォルス人か、純血のディープ・ウォルス人を代表としたザフネス教の信者だ。
  ザフネス教では、三流の人種とされるカルム人はまだ救いがあったが、バリア人という人種だけは人間として最下等の存在として見なし、他の人種以上の激しい迫害を加えている。
 そしてヴァハ自身もバリア人だった。
 彼女は幼い頃から、虫ケラ以下の下等な存在として、ザフネス教の信者に蔑まされてきた。
 両親も、取るに足らないようなどうでもいい理由で、ただバリア人であるというだけで虐殺されていたと聞いている。
 彼女は復讐心のみを糧に武芸に励み、気がついた頃には戦場ではその鬼神のような強さと紅い髪から『炎の騎士』との異名をつけられ、平民出身ながらファルコン自由解放同盟の将軍まで登り詰めたのだ。

「シーガイア王朝を討ち滅ぼせば、ザフネス教もこのファルコン半島から追い出すことができる。宗教の自由も約束される。多くの差別され、虐げられてきたバリア人とカルム人たちを救う事ができるんだ。リューベン、あたしは、あんたにそれができると思って今日までついてきたんだよ?ここまできて敵に情けをかける必要はないっ!」
  誰もがそのヴァハの言い分にたじろいだ。
  彼女には功績も武勲もある。
  そして、なによりシーガイア王朝の打ち出した人種迫害生政策の一番の犠牲者であるバリア人の代表格でもあるのだ。
 
  ファルコン自由解放同盟ではバリア人の兵が半数近くを占めていた。
  ヴァハと同じような動機で、この解放運動に参加している人間も多くいる。
  言っていることは正論なのだが、いかんせん、彼女の言い方は感情が先行し過ぎていて、冷静さに欠けていた。
  リューベンは、彼女の将軍としての能力は高く評価していたが、時折見せるこの気性の荒さだけは持て余していた。
「しかしな……ヴァハ。首都アストレーゼは城壁都市だ。城塞内には5万人以上もの市民が暮らしている。赤ん坊も老人も女性もいる。よく冷静になって考えてみろ。君は、そういう人たちも容赦なく殺せるのかい?憎しみをばらまいて……」
「ああ、殺せるね」
  リューベンが全てを言い終わるまでもなく、ヴァハは間髪入れずに即答した。
「ザフネス教を信じている者どもに女子供も何もないッ!この同盟軍に参加しているバリア人やカルム人の者達はみんな同じ気持ちだと思うよ。あたしは、指揮をする将軍の立場だから、自重せざるを得ないが――リューベン、あんたがよほど厳しく取り締まらないと、同盟軍のバリア人やカルム人の兵士達は容赦なくアストレーゼの市民に復讐心を爆発させるだろうねっ!」
  ヴァハは一息もつかずにまくしたて、身を放り出すようにしてドサッと椅子に腰をかけた。
「ウィンディ、レスター、そうなのか?」
  リューベンは、同じくバリア人であるエレボス王国出身の貴族であり将軍であるレスター・レイギスと、カルム人の将軍でありネメシス公国の公女ウィンディ・ビゲンゾンに話を振った。
  リューベンとレティシア、その妹であるエクスは、ザフネス教では最も高貴な人種とされるウォルス人の血筋である。ザフネス教がいかにバリア人とカルム人に対してひどい迫害を行ってきたか、それこそ山のように研究してきたつもりだが、実際に迫害を受けた当事者でない。やはりどうやってもその気持ちは真から理解できないものなのだろうか?
  リューベンの問いに対して、穏和なレスターにしては珍しく、やれやれといった顔つきで溜息混じりに言い放った。
「リューベン王子、あなたはまだわかってらっしゃらない部分がおありになる。我らバリア人が被った残虐極まりない仕打ちは、それは想像を絶するものです。ここで口に出すのもはばかられる行為が繰り返されてきました。ヴァハの言う事はもっともですよ。まあ、よほど強力な自制心をもった人間でないと、まず復讐心を爆発させるでしょうね」
  ウィンディも顔をしかめて、リューベンに問い詰める。
「リューベン王子、あなたは命だけは助けてやるから、他人のクソを食べろと言われたら、素直に食べますか?」
「それは……」
  リューベンは一瞬言葉に詰まった。
「我々は、そういった仕打ちを嫌と言うほど受けてきたのです。そして、素直に食べて見せたところで殺される。こんな理不尽な話がありますか?しかも、ザフネス教信者はそれを『粛正』といって正当化している。私もヴァハと同意見です。もちろん私は将軍ですから自重しますよ?けれど10万人もいる一般兵のことまでとなると、手が回りません。出来るだけの事はするつもりですが……」
  2人の意見に、リューベンは頭を抱えて呻いた。
「まったく、なんて事だ……」
 
  これまでもファルコン自由解放同盟に属する有能な将軍達の協力を得て、バリア人やカルム人の兵達の暴走には極力歯止めをかけながら戦ってきた。
  だが、ゴルベリアス王が居城を構えるザフネス教の総本山、首都アストレーゼではそうもいかないだろう。
  将軍であるヴァハ、レスター、ウィンディにここまで言わせるのであるから、10万人もいる一般兵にまで『市民に手を出すな』という命令を行き届かせれるのは不可能のように思えた。
  決してファルコン自由解放同盟の兵が分別に乏しいというわけではなく、ヴァハの言うように、バリア人やカルム人というだけで家族を殺され、恋人を殺され、理不尽な仕打ちを受け、復讐心に身を焦がす思いで今日まで戦ってきた兵達も多いというのが事実だからだった。

「リューベン様、ヴァハ達の言うことを全て正しいとは言いませんが、この際、市民の生き死には作戦から切り捨てるべきです。これまでも我々が勝ち続けてこられたのは、多少なりとも一般市民を巻き添えにした作戦があったからこそです。そうすれば、我々の勝利は確実かつ迅速なものとなります。――リューベン様は理想主義が過ぎます。敵も味方もなるだけ犠牲者を出さずに、こちら側だけ勝利する……そんな都合のいい話はありません。それともリューベン様は、これを打破する策をお持ちだとでも?」
  ミュッセの声が鞭のようにリューベンを叩く。 
「だが、今回は犠牲者の数がケタ外れだ……」
  ミュッセは、ことごとくリューベンの耳に痛い話ばかりを投げかけてくる。いつもそうだった。
“だから、こうして皆で話し合ってよりよい策はないかと練っているんじゃないか!”
  リューベンは、ミュッセの言葉に対して軽く拳を握りしめずにはいられなかった。
「なにか方法があるはずだ……ネヴァン、君はどう思う?」
  リューベンは、ネヴァンに話を振った。ザフネス教では二流の人種とされるアヴェレスト人の彼ならば、なにか別の視点からものを見る事ができるかもしれない。
「……リューベンの気持ちはわかるつもりだ。しかし、ミュッセとヴァハ達の話を総合すると、果たしてアストレーゼの市民を生かしておいて、同盟軍側に何か利益になることがあるのか?ということだ」
「利益……だと?」
  リューベンは、普段のネヴァンとはうってかわったような怜悧(れいり)で淡々とした口調に、思わず背筋が冷たくなった。
「そうだ。首都アストレーゼの市民は、ヴァハの言うとおり、ザフネス教の信者ばかりだ。ザフネス教信者の条件は、光の神ザフネスに身も心も捧げるということ……つまり狂信者だな。生かしておいて、我々に敵意を持つことはあっても、決して改心して感謝することなどない。むしろ虫ケラ同然だと思っていたバリア人やカルム人に征服されたという屈辱感から、復讐の事だけを考えるだろう。戦後のことを考えると、アストレーゼの市民を生かすことは、大きな反乱の種を野放しにするようなものだ」
「ネヴァン、私はそういう話をしてるんじゃない。できるだけ無益な殺生はしたくないというんだ」
「無益な殺生だと?反乱の芽を早くに摘み取ることは、戦後のファルコン自由解放同盟の活動において必要不可欠な事だ。それは、いくら敵国の人間とはいえ女子供まで無差別に殺すような真似は俺とて本意じゃない。騎士として恥ずべき行為、身の毛もよだつ行為だ。だが、これは誰かがやらねばならん事だ。俺たちは、ザフネス教を追い出し、ファルコン半島を取り戻すために命懸けで戦ってきた。その勝利が今、目前に迫っている――リューベン、辛いだろうが、これを決断しない限り、ファルコン半島に明日はないんだぞ!?」
  ネヴァンは、毅然とした態度で意見を口にした。
  親友にすら自分の意見を否定されたリューベンは、とてつもない孤独感に襲われた。
「みんな……みんな、そう思っているのか?アストレーゼの市民など、どうなってもいいと!?何の力もない一般人なんだぞ?それでは、シーガイア王朝のやってきたことと同じではないのか!?レティシア、エクス、シェルナー、ディムロス、エトワイト、君らはどうなんだ?」
  リューベンは、会議室に集まった他の将軍達にも次々と訴えかけながら、ぐるりと見回した。
「……それよりも、皆さんは大事な事を見落としていらっしゃいませんか?」
  それまで沈黙を守っていた王女レティシア・ビュネーンが急に口を開き、会議室の注目を集めた。
  ネヴァンが質問する。
「レティシア、それはどういう意味だ?」
  その言葉を受けて、レティシアはゆっくりと椅子から立ち上がった。
「アストレーゼの市民はともかく、ゴルベリアス王をはじめとしたシーガイア王朝の王侯貴族は、何としても討ち倒さねばなりません。でないと、ファルコン半島の民は到底納得しないでしょう。その点では、私はネヴァンやミュッセと同意見です。しかし、シーガイア側の言い分はあまりにも変だと思いませんか?開城を条件に市民解放を呼びかけたと思ったら、今度はいきなり土壇場になって徹底抗戦を続けるなどと。かつて『魔王』と謳われたほどのゴルベリアスです。こんな馬鹿げた行為をする男ではないはず。何かの力が作用していると私は考えます」
「何かの力?」
  一同は小首をかしげた。
「魔法です」
  一瞬、会議室全体がしん、と静まりかえった。
  将軍の誰もがあっけにとられたような表情をしている。
  先程まで熱弁をふるっていたリューベンさえも唖然としていた。人一倍頭の切れる彼女が、こんな馬鹿げたことを公の場で発言すること自体、ありえない事だったからだ。
  いつでもレティシアは物事の事実にのっとって、根拠のあることしか信じない性格だったはずだ。だからこそ皆は、彼女の用兵家としての腕を信頼していたし、指揮官としても大いに期待を寄せていた。
  その彼女が『魔法』などと……。
「ま、魔法ね……。……失礼だがレティシア、君は本当にそんなものが存在すると信じているのか?」
  あまりに唐突すぎるレティシアの発言に、一瞬戸惑いを隠せなかったリューベンだったが、改めて問うた。
「いえ、あくまで可能性の話です。ですが、なぜ15年間もゴルベリアスが『魔王』と呼ばれ、ここまでファルコン半島の民衆から恐れられているのか?私たちはそれを考えたことはあったでしょうか?」
  またしても、素朴すぎる言葉を口にするレティシア。見かねたように、ネヴァンが口を挟んだ。
「……レティシア、それはゴルベリアスが苛烈な人種主義とザフネス教への改宗を容赦なく民衆に迫って、従わない者には残虐非道な弾圧を加えるという、力と恐怖による支配に、民衆が恐れてつけたただの異名に過ぎない。聡明なお前なら、その事はよく知ってるだろう?」
  さすがのネヴァンも、何をいまさらといったような口調になっている。
「しかし、我々は魔法使い――彼らザフネス教の信者はマグスと呼んでいるそうですが……彼らについてあまりにも無知です。もし我々の及びもつかない力を秘めていたとしたら……」
  そこまで反論を続けていたレティシアを、すかさずリューベンが制した。
「レティシア、もし魔法というものが大いなる力を秘めていたとしよう。なら、なぜ我々はここまで勝ってこられたんだ?もしシーガイア側がそんな超常的な力を自在に操れるのなら、今までの兵法などまるで役に立たなくなる。だが、我々は昔からの、定石通りの兵法でここまでシーガイア王朝を追い詰めた。レティシア、君の考えすぎだ。悪いが同盟軍は、魔法などという、得体のしれないものを根拠に動くわけにはいかない」
  リューベンは、レティシアにぴしゃりと言い放った。
「……わかりました。私の考えすぎだったようです」
  レティシアは眉一つ動かさずそれで引き下がったが、リューベンはどうも附に落ちなかった。
  『魔法の存在』の話は同盟軍ではタブーなのである。
  いつもの聡明な彼女ならば、このような場でそんな発言をするなど考えられないことだった。
  だが、今のリューベンにそんなことにこだわっている余裕などなかった。
「話を元に戻す……。では、ここにいる誰もが首都アストレーゼに総攻撃を加え、多くの市民の血が流れるのを良しとしている、そう考えているんだな?それが最上の策だと?」
  リューベンは、一語一語重みを持たせながら将軍達に問いかけたが、誰一人としてリューベンに同調する者はいなかった。
  しばしの重い沈黙の後、リューベンはフッと全身から力が抜けるのを実感した。
「……もういい。少し考えさせてくれ……」
  リューベンは打ちのめされた気分になって、席を立った。
「王子!?」
「リューベンっ!逃げるのかい!」
  背後からレスターとヴァハの叱責が飛んだが、リューベンはそのまま早足で会議室をあとにした。


「まったく、困った王子様だよ!」
  ヴァハは、苛立ちのあまり無責任ともとれるリューベンの態度に悪態をついた。
  そんなヴァハをミュッセが制した。
「そう言うなヴァハ。リューベン様は、まだ18になられたばかり。お若いのだ。受け入れがたい事実もあるということだ……」
「若い、ねえ……確かにリューベンの言うことは理想的だよ。理想的すぎるんだよ。でも、今度ばかりはそうはいかない。レスターとウィンディの言うことももっともだし、相手はあのゴルベリアスだよ?首都アストレーゼには、まだ精鋭中の精鋭、シーガイア神聖騎士団が温存されてる。奴らも背水の陣で攻めかかってくるはずだ。大混戦になるのは目にみえてる。市民にだけ害を及ぼさずに……なんてのは絶対不可能な話だと思うね」
「……だが、リューベンは、その『不可能』と言われた戦局を幾度となく覆してきた…そして勝利してきた」
  ネヴァンが伏し目がちに呟いた。その言葉に、ヴァハは呻くしかなかった。
 
  確かにリューベンの言うことはいつも理想主義的だった。
  だが、それを実行し、勝利してきたこともまた事実なのだ。
  天賦の才とでもいおうか……リューベンには人々を引きつける『何か』があった。でなければ、ファルコン自由解放同盟はここまでまとまることもなく、人々が『勇者リューベン』と呼び、民衆から神聖視されることもなかっただろう。
  もちろん、それにはネヴァンやヴァハ、ミュッセ達をはじめとした有能な将軍達の存在があってこそのものであるが。

「俺達がここまで勝利してきたことすら、奇跡に近いんだ。もちろん、それは我々、同盟軍十二神将と、それに忠実に従ってくれている同盟軍の兵士達の働きがあってこそのものだ。しかし、リューベンの持つ絶大なカリスマの力は皆も知ってるだろう?だからこそ、我々はリューベンの元に集って、今日まで戦ってきた。……英雄だといっても、一人の人間だ。悩みもするし、打ちのめされもする。俺達が、リューベンを助けてやっていかねばならんのだ。これまでもそうだっただろう?」
  ネヴァンは皆に語りかけるようにそう言った。
  だが、それについてレスターが冷静な分析を口にする。
「私もそのことは十分承知しています……しかし、ネヴァン王子。今回のような状況では、いかにリューベン王子のカリスマをもってしても、無理ではないでしょうか?もう3ヶ月もの間、何度も同じ討議を繰り返してきました。あらゆる角度から検証して準備してきました。一体いつになったら総攻撃を開始できるのかと、兵達の不満も日増しにつのっていくばかりです。なにより、シーガイア側の母国であるリドル神聖国から増援が派遣されたら、事態はさらに悪化してしまいます。時間は限られておりますよ?」
  そうなのだ。
  最後の進撃は、明朝と既に先の軍議で決まっている。
  このゲッセマネの砦だけでなく、各地方から進撃している同盟軍の将軍達にも既に通達しているのだ。
  これ以上引き延ばすことはできない。
  あとは盟主であるリューベンの一声にかかっているのだ。
  だが、ネヴァンは落ち着き払った口調で、皆に向かって語りかけるようにした。
「もう少し……リューベンに時間を与えてやって欲しい。あいつだって我らが宗主国クルトニア王国の遺児として、同盟軍の総指揮官として、皆の意見をまとめ、より公正な判断を下すのに、必死で可能性を模索しているに違いない。我々は、リューベンに剣を捧げた。最後まで信じようじゃないか、俺達の盟主を……」





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