第19章 魔王と勇者の決戦

 ズッガンッ!
  ズッガンッ!
  破城槌(はじょうつい)と呼ばれる、鋭く尖った丸太の先端を縦にぶらさげ、遠心力をつけて凄まじいスピードでぶつける攻城兵器が、容赦なく鋼鉄製の扉を叩きつけていた。
  しかも、ひとつやふたつではない。
  幾十にもずらりと並んだ破城槌が波状的に時間差をつけて打撃を与える光景は壮観ですらあった。
  打撃を受けるたびに大音響を鳴らす鋼鉄製の城門の音を聞いていれば、少なくとも投入されている破城槌の総数は10を越えるだろう事は容易に推測できた。
  この鋼鉄製の大扉が、ヴァレンタイム城の最大にして最後の城門であり、まさに正真正銘の最終防衛線であった。
  ここを突破してしまえば、もうファルコン自由解放同盟軍の行く手を阻むものは何もない。
  だから、シーガイア王朝側にしてみれば、まさに背水の陣であった。
  城門を破壊されてしまえば、あとは城の中庭と、城内に直接入るための脆い木製の扉があるだけなのだ。
  鋼鉄の城門に木片でバリケードを作り、少しでも同盟軍の進入を遅らせようと、飛び散る汗をものともせず頑張っているシーガイア近衛兵達。
  年配だががっしりした体躯をした近衛師団長、ギャリコ・ローマンは状況を冷静に観察していたが、ついに我慢できずに部下たちに向かって叫んだ。
「諸君!ここはもうダメだ!どんなに頑張っても、もうじき破られる!敵の攻城兵器の威力はあまりにも強力すぎる!それよりも後退して、城内の守りを固めろ!陛下のおわす天守には絶対に近づけるな!」
  それまで懸命に城門を死守する事しか頭になかった近衛兵達は、ギャリコの言葉を聞いた瞬間、さっと一様に“もはやシーガイア王朝もこれまでか”という覚悟の念を宿した瞳の色に変っていった。

『同盟軍10万の兵力に対してシーガイア軍1万の兵力』
  この数字を聞いただけで、シーガイア側の兵士達は絶望感を抱いたものだ。
  しかし、ザフネス教と、君主であるゴルベリアスの存在が、絶望を吹き飛ばし、覚悟に変えさせた。
  例え負けると分っている戦いでも、最後の最後まで戦い抜く。
  そうすれば、死後、ザフネス教では遙か天空にあると言い伝えられる『天の世界パージ』に昇る資格が与えられると信じられているのだ。
  それに、首都アストレーゼに残っている市民や兵士は、狂信的なまでにザフネス教とその代行者とも言えるマグス、ゴルベリアス・イレードに忠誠を誓っている。
  結果、この二つの要素が起因して、首都アストレーゼの戦いは、女子供も関係ない阿鼻叫喚の地獄絵図を呈してしまったのだが、彼らアストレーゼ市民と兵達にしてみれば、それこそが無上の正義であり、美徳なのである。

「わかりました、ギャリコ閣下!これより我らは城門の防御を放棄し、城内の守りに専念いたします!」
  近衛兵の一人が叫んだ。
  他の兵達も、言葉には出さずとも、互いの目を見つめ各自うなずき合った。
「うむ!すぐに城内に後退し、敵を迎撃するための体勢を整えるぞ!」
  鞘から剣を抜き出し、ギャリコは号令とともに、城の入り口の方へかざした。
「全員後退っ!」
  ギャリコの合図と同時に、城門のバリケードを作り続けていた近衛兵達は、一斉に城内へとひた走った。
  最後の一人が後退を終えると、ギャリコ自身も無念の表情で顔を歪め、もはや限界に近い鋼鉄製の城門を見やりながら、中庭を抜け城内へ後退した。

 ズッガゥンッという金属の大音響とともに、厚い鋼鉄製の大扉がゆっくりと前倒しに地面に倒れ、すさまじい砂ぼこりと轟音をあげた。
  ついにヴァレンタイム城を敵から阻む最後にして最大の城門が、ファルコン自由解放同盟の誇る攻城兵器に敗れ去ったのだ。
  同盟軍の兵達からはうおーっという歓声の声があがる。
「やっと、最後の城門を破ったか……予想以上に時間がかかってしまったな」
  リューベン・スターロードは、沈みゆく夕日を見つめながら、そう呟いた。
  既に時間は夕刻。
  壮麗な彫刻を施されたリューベンの白銀の鎧には血がびっしりとこびりつき、マントもボロボロである。手にした聖剣オートクレールには、何十人斬ったか憶えていないほどの人の血と脂が染みこんでいた。
“聖剣どころか、まさに魔性の剣だな”
  そんな皮肉な事を考えつつ、リューベンは聖剣オートクレールの刀身を見つめた。
  そして、目を細めて未だ凄絶な状況下にあるアストレーゼ城下町に視線を移した。
  ヴァレンタイム城は、小高い丘の上に位置しているがゆえ、ここから城下町の全景とはいわなくとも、かなりの部分まで見渡すことができるのだ。
  城下町では、未だに炎の海の勢いはとどまることを知らず、剣と剣がぶつかり合う音と怒号、そして悲鳴が聞こえ、市民は逃げまどうか、抗戦を続けている。敵の主力であるシーガイア神聖騎士団を全滅させたとはいえ、城下町での戦いはまだ続いているのだ。
  ネヴァンヴァハレスター以外の同盟軍十二神将を城下町に残して、沈静化を図っているが、ゴルベリアスを倒さないことには収まりそうもない。
  そう判断して、リューベン達は先行してヴァレンタイム城の攻略にあたっていたのだ。
"まさか、ここまで酷くなるとは……私が甘かったばかりに……"
  リューベンは、拳を握りしめ、自分のしてきた事に対して、とてつもない罪悪感を憶えていた。
「――リューベン……リューベンッ!」
  しばし放心していたリューベンの肩を揺らしたのは、親友、ネヴァン・フリーダムだった。
「何をボーッとしてるんだ!兵達がおまえの指揮を待っている!早くゴルベリアスを倒し、アストレーゼ市民と兵士達の士気をなくさせんと、被害者が増す一方だぞ!奴らは、狂信的なまでにゴルベリアスに忠誠を誓っている。お前も、死を全く恐れない奴らの姿を見ただろうっ!?」
  ネヴァンもリューベン同様、顔に飛び散った血をぬぐうこともせず、槍も鎧も傷だらけである。
  だが、その瞳は、いささかも目的を見失っておらず、凛とした瞳は落胆しているリューベンをまっすぐに射抜いていた。
「そ、そうだったな。すまん。すぐに兵達に指揮を出す……」
「そうだ、考えるのは後からでもいい。今はゴルベリアスを倒すことが、どんな事よりも最優先だ」
  ネヴァンはそう言って、リューベンの背中をバンッと叩いた。
  城下町には血にまみれた半裸の遺体が山となっている。
  眼前の現象が正しいか正しくないか、歪か歪でないか、そんな事を考えている暇はない。
  それが今、リューベンが直面している現実なのである。
“ネヴァンの言うとおりだ。こんなことでは、私はいけないのだ……!”
  少なくとも、兵達よりは冷静でなければならない、と思う。 
  リューベンは、一旦目を閉じてスウッと深呼吸し、精神を集中し、さっきまでの城下町の光景を忘れようと、思考を切り替えるように努めた。
  再び目を開いた時には、リューベンの頭の中で、完全とはいかなくとも一応の切り替えは完了していた。
  ビュンッと聖剣オートクレールを振り、血糊を払うと、同盟軍兵達に向かって叫んだ。
「諸君!よくぞここまでやってくれた!敵の最後の防衛戦である城門は、見事、我らの手によって破られた!残すは、ゴルベリアスのみ!奴を倒せば、この無益な戦いに終止符を打つことができる!皆の者、我につづけッ!」
  兵達の歓声をくぐりぬけながら、中庭を抜け、ヴァレンタイム城内に向かってひた走るリューベン。他の同盟軍兵士達も我先にとそれに続いた。
 
  城の中に足を踏み入れると、シーガイア王朝の王城にしては思ったより質素なエントランスホールや廊下、階段といったもののが目に入った。
  城は、外敵にたいする防備を第一として建設された建造物であるから、季節に対してよく対応できる構造になっていない。中には絢爛豪華な装飾で城を飾っている王侯貴族もいる。しかし、このように自分の城を建設してみせるゴルベリアスは、高い身分であればこそ、王国、臣民を守るために私事については耐える、という考え方の持ち主であるというのは想像がつく。
  ただ、その中でただひとつ異彩を放っていたのが、エントランスホールの中央に備え付けられた巫女王(ふじょうおう)ゼノビアの彫像であった。
  金箔とダイヤで装飾し、その彫刻技術の繊細さと豪華さには目を見張るものがあり、明らかに質素な造りの城内の中で浮いた存在であった。この彫像にかかった資金だけでも相当の額に昇ることは想像に難くない。
  いかにゴルベリアスをはじめとしたシーガイア王朝の者達にとって、ザフネス教の始祖、巫女王ゼノビアが絶対かつ畏怖の念を抱かれているのか、その証明のように思えた。きっと彼らにとっては、万物を創造した現人神(あらひとがみ)のような存在なのだろう。
  リューベンは、エントランスホールの中央で足を止めると、これからの段取りを兵達に向かって簡潔かつ的確に命令を下した。
「第1、第2小隊は先行しろッ!だが、まだ城の中にはゴルベリアス直属の親衛隊といった残存兵が残っているはずだ!注意しろ!第3、第4小隊は、後方からの敵に備えて足止めするんだッ!油断して挟撃されてしまえば元も子もないからな。ネヴァン、ヴァハ、レスター!君たちは自らの部隊を率いて私に続け!天守にある『王の間』を目指すぞ!」
「おおっ!」
  リューベンの指示通り、兵達は各々の役目を果たすべく、素早くかつ的確に行動を開始した。ある者は城内に侵入し、ある者は城の入り口で待機して敵の後続部隊の出方を待った。
  リューベン達、3人の十二神将を中心とした部隊は、事前に密偵がヴァレンタイム城の見取り図を手に入れてくれたおかげで、城の内部構造は全て頭の中に叩き込んでいた。迷路のように張り巡らされたヴァレンタイム城のいくつもの階段や廊下を迷いなく突き進んでいく。
  城の見取り図の情報が正しければ、天守は東側にそびえる塔の最上階に位置しているはずだ。
  天守の『王の間』にゴルベリアスが絶対いるとは限らないが、少なくとも一番可能性が高いことは確かである。
  ゴルベリアスが自殺あるいは亡命するような人間であれば、それまでだが、最後の抵抗をしてこないとも限らない。また、天守にゴルベリアスがいるなら、残った近衛兵の守りも生半可なものではないはずだ。
  そういった判断からリューベンは、十二神将の中でもネヴァンやヴァハ、レスター率いる主力部隊を引き連れたのだ。
  そして、そのリューベンの予想は的中した。
  ちょうど天守に至る塔の螺旋階段に至る入口の広場で、近衛兵の一小隊とリューベン達は直面したのである。
「邪魔だ!道をあけろ!これ以上抵抗して何になる!?もう貴様らに勝ち目はない!」
  リューベンは精一杯の力を込めて恫喝の声を張り上げたが、近衛師団長のギャリコ・ローマンから若い近衛兵に至るまで、完全に覚悟を決めた瞳で剣を構えたまま戦闘体勢を崩そうとしない。
「来るなら来いっ!我々は死を恐れはしないっ!貴様ら反乱軍を天守には絶対近づけさせんぞっ!」
  若い近衛兵が、裂迫の気合を込めた声で吠えた。
  そのとき、十二神将の一人レスターが、リューベンに顔を近づけ、ささやくように耳打ちした。
「リューベン王子、彼らは死を覚悟しています。そんな者たちにそう易々とは勝てませんでしょう。ここは私の部隊におまかせください。私の部隊が突破口を開きますから、その隙にリューベン王子は他の者を率いてゴルベリアスを!」
  確かに。
  死を覚悟した者を相手にしていては、例え一兵卒の雑兵であっても異常な力を発揮するものである。
  そのことをリューベンは、先刻のアストレーゼ城下町でのシーガイア神聖騎士団との戦いで嫌というほど経験してきた。なにしろ、戦で死ねねば天国――天の世界パージに行けると本気で信じている連中であるから、全く『死』を恐れない玉砕戦法も平気で仕掛けてくるのだ。
  もちろん倒せないことはないが、こんなところで時間をくうわけにはいかないのである。 
「……わかった。ここは君に任す。死ぬなよ、レスター!」
「はい!」
  そう言って、レスターはゆっくり引き下がると、突然身をひるがえし自分の部隊に向かって号令を発した。
「エレボス装甲部隊、突撃!なんとしてもリューベン王子の突破口を開くのだ!」
「おおっ!」
  旧エレボス王国の出身者を中心としたレスターの部下たちも、あらかじめ自分たちの役割がわかっていたようで、間髪入れずにレスター直属の全部隊がシーガイア近衛兵団に向かって突進していった。
「今がチャンスだッ!レスターの部隊と共に波状攻撃をかけて、一気に敵の間を駆け抜けるぞッ!」
  リューベン達は、皆に向かって叫び、レスター達と近衛部隊の激突の合間を縫うようにして塔の螺旋階段めがけてひた走った。
 
  天守へと続く塔の螺旋階段は、思ったより長く険しかった。
  そんな中、リューベンの隣にいたヴァハが声をかけてきた。
「リューベン、すまない。ゲッセマネの砦でリューベンの言ったとおりになってしまった。軍議の時は頭に血が上って、アストレーゼの市民などどうなってもかまわないと思っていたが、あそこまで悲惨なことになるとは……」
  バリア人であるヴァハも、やはりリューベンと同じく地獄絵図と化した首都アストレーゼ戦でのあまりの凄絶さに罪悪感を覚えているようで、呻くようにして言葉を発した。
  しかし、それはリューベンとて同じ事。
「悔やんでもしょうがない。私だって、自分で自分をはり倒してやりたいぐらいなんだ。だが、今は自己嫌悪に陥ってるような場合じゃない。一刻も早くゴルベリアスを倒して、早くこの戦いを終わらせないと!」
  ほとんど親友ネヴァンの受け売りなのだが、今はそう言うしかなかった。
「そうだ……そうだね!」
  ヴァハは、リューベンの言葉を受けて、とりあえずこの場は自分を納得させるような口調で言った。
  誰とてそうであろう。
  戦争指揮官としてあの惨状を目にして、罪悪感を抱かない人間の方がどうかしている。
  だが、今はそんな感情よりも事態を収拾させる行動に全力を傾けなければならないのだ。
  魔王ゴルベリアスを倒す。
  それが、今の彼ら同盟軍十二神将に与えられた最大の使命なのだから。

 王の間は、城全体の造りと同じく質素そのもので、ゴルベリアスの人柄を偲ばせた。
  石の床の中央には、複雑な文様を施した宗教画らしきものが描かれていたが、リューベンにはそれが何を意味するのかまではわからない。
  部屋の奥には石段があり、二、三段上った所に玉座があった。
  その奥の壁には、ゴルベリアスの巨大な肖像画ががかけられ、それにシーガイア王朝の『赤の獅子』の紋章とザフネス教の銀十字と太陽を象徴するシンボルが並べられている。
  そして、玉座には『魔王』の異名を持つゴルベリアス・イレードその人が腰を下ろしていた。
  黄金の鎧を身にまとい、漆黒のマントに身を包んだゴルベリアスは、何かの瞑想に入っているように、リューベン達が『王の間』に足を踏み入れたにもかかわらず目を閉じたままだった。
“あれが、魔王と謳われたゴルベリアス・イレード……?”
  リューベンは一瞬、目を疑った。
  おそらく他の十二神将達や兵士達も同じ気持ちだったに違いない。
  目の前にいるゴルベリアスは、壁に掛けられた精悍な顔つきをした肖像画の面影はとは全く違い、頬はげっそりとこけ落ち、目の周りは黒く落ちくぼみ、頭髪は乱れてすっかり白くなって、衰弱しきっているように見えたからだ。
  伝え聞いた話では、ゴルベリアスは齢60に近いという。
  しかし、今、目の前にいるゴルベリアスは少なく見積もっても90を越える年齢の域に達している老人にしか見えなかった。だが、伝え聞いていた話や何度も肖像をみた経験から、目の前の人物がゴルベリアス自身であることは間違いない。
  ゴルベリアス、いやマグスという人種は美しい銀髪に血管が浮き出るほどの白い肌、それに深紅の瞳を持つと言われ、何度も聞かされてきた。
  ヴァハ・フレイムも赤い瞳なのだが、ザフネス教信者によると、無秩序な肌、髪、瞳の色をした穢(けが)れきったバリア人と、神聖なる統制のとれた容姿を兼ね備えたマグスを同一視するなど言語道断だと激怒された。
  どちらにせよ、変わり果てているとはいえ肖像画の名残があり、今この状況で玉座に座っていられるのはゴルベリアス以外にありえない。
  リューベンは、聖剣オートクレールをゴルベリアスに向けてかざし、叫んだ。
「私はファルコン自由解放同盟の盟主、リューベン・スターロード王子!ゴルベリアス・イレード!あなたの命を頂戴するため、ここに参上したっ!」
  リューベンの言葉に反応し、ゴルベリアスはそれまで閉じていた目をゆっくりと開いた。
「……ついに来たか。リューベン・スターロード。貴公が来るのを待っていたぞ」
「ま、待っていた、だと……?」
  ゴルベリアスの言葉に、リューベンは心の底からマグマのように沸き上がってくる怒りの感情を抑えることができなかった。
「貴様はッ!私達がアストレーゼ市民の避難を許したにもかかわらず、それを土壇場で破り、結果、私達は必要以上に人を殺し、必要以上に命を奪ってしまった!今、城下町で何が起こっているか、貴様は見たのか?知っているのか?全て君主たる貴様の責任だ!貴様に王たる資格などないッ!」
  リューベンは、これまで抑えてきた感情をぶちまけるように、ゴルベリアスに向かってあらん限りの罵倒を投げつけた。
「――残念だ。貴公は何も知らんのだな……ザフネス教の神髄を。全ては民が望んだことだ。……と、言っても、貴公には到底納得できまい?我らザフネス教を信じる者と、ファルコン半島の民は永遠に分り合えぬという事だよ」
  ゴルベリアスはそう言うと、すくっと立ち上がり、玉座の傍らに置いてあった黄金に輝く大剣を手にした。不思議な形状をした剣だった。盾と剣を一体化すればあのような形になるのだろうか?しかし流線を描いたその剣からは、禍々しい雰囲気が発せられていた。どちらにしろ、ただ変った形の剣という事ではなさそうだ。
「リューベン・スターロード、どうしても余の行いが許せぬというのなら、そこにいる全員で余にかかってくるもよし。だが、余はシーガイア王朝の王として貴様に一騎打ちを申し出る。どうだ?受ける勇気があるか?まさかマグスの魔法を恐れて辞退するような事はなかろう?」
  意外な申し出だった。この期に及んで一騎打ちとは。
  見たところ、今のゴルベリアスの姿から察するに剣を振るう力さえ残っているかどうかも疑わしい。あのか細い枯れ木のような腕で、どうやって戦えるというのだ?
「……リューベン、受ける事はない。全員でかかろう」
  ネヴァンがリューベンの耳元で呟いた。
  リューベンは、勝つために騎士としての誇りは捨てたはずだった。
  しかし、滅び行くシーガイアの王と、未来を背負うであろうファルコン共和国の王子。これがファルコン半島の行く末を決める最後の戦いである。
  ここで確実さだけをとって、全員でゴルベリアスに斬りかかるような人間に、果たしてファルコン半島の未来が背負えるのだろうか?堂々と胸を張って、我に正義ありと凱旋できるだろうか?
  リューベンの心は決っていた。
「……いいだろう、ゴルベリアス。その申し出、受けよう。あなたをこの手で葬り去り、真にファルコン半島を解放してみせる、その証としてだ!」
  リューベンは真っ直ぐにゴルベリアスを見据え、そう叫んだ。
「リューベン!ゴルベリアスは何としても倒さなくてはならんのだぞ!?こだわってる場合か!」
「そうだよ!それに、もうあんた一人の命じゃないんだよ!?」
  ネヴァンとヴァハが口をそろえて忠告する。
「ネヴァン、ヴァハ。この最後の戦いだけは私が一対一で勝たなければ、意味がない。でないとファルコン共和国は今後も永久に誇りを取り戻せないだろう」
「それはそうだが……」
  ネヴァンは思わず呻いた。
「大丈夫。私は絶対に勝つ。ヴァハ、ネヴァン、みんな……私を信じてくれ」
  リューベンの言葉に、皆は激しい逡巡の色をみせたが、なんとか納得してくれたようだ。
「……わかった。おまえの好きにしろ。だが、絶対に死ぬなよ!」
  ネヴァンは、あくまで真剣な目つきを崩そうとしない。
「ああ、わかっている」
 
  既にゴルベリアスは王の間の中心で、リューベンが来るのを待っていた。
  リューベンは、ゴルベリアスの方にゆっくりと歩み寄った。
「話は決ったようだな。剣を構えるがいい」
  双方ともゆっくりと剣を構え、間合いを詰めていく。
「では、いかせてもらうぞ!」
  ゴルベリアスはそう叫ぶと同時に、目にも止まらぬ速さで一気に間合いを詰め、黄金の大剣を振り下ろした。
  リューベンは、外見からは想像できないほどのゴルベリアスの俊敏さに驚きつつも、自分の剣を使って受け止めた。人間離れした、恐るべき力がリューベンの右腕にずしりと伝わってくる。
  圧倒的なまでの力に耐えきれず、あやうく剣を弾かれるところだったが、なんとかリューベンは持ちこたえた。
“信じられんッ!これが60に近い老人の腕力かッ!?”
  リューベンの体を戦慄が走り抜けた。
  実を言うと、先程のゴルベリアスの衰弱しきった姿を目の当たりにして、リューベンは勝算ありと踏んでいたのだが、その期待は無惨にも打ち砕かれた。
  ゴルベリアスは老人ながら、未だ超一流の戦士であることはこの一撃が全てを証明している。
“これでもし、ゴルベリアスが衰弱していなかったら……”
  そう思うとゾッとした。
  リューベンは、大柄なゴルベリアスと比べて小回りが効くのを利用して、矢継ぎ早に剣を繰り出した。当てるつもりはない。敵を牽制するためだ。そのあいだに、隙を見出せればしめたものである。
  しかし、ゴルベリアスは隙を見せるどころか、リューベンの攻撃の合間をぬって、強力な一撃を見舞ってきた。
  間一髪でそれを避け、間合いを開くリューベン。
「どうした?ファルコン解放自由同盟の盟主、リューベンの力はそんなものか?勇者の称号が泣くぞ。これでは、魔法を使うまでもないな!」
  力比べをしているというのに、ゴルベリアスは平然とした顔で、声をかけてきた。
“そうだ!魔法!さっきからゴルベリアスは一度も魔法で攻撃してこない。もし魔法が実在するなら、何かしらの力を使って私を仕留められるものを!”
  リューベンは、表向きは『魔法の存在』を完全否定し続けてきたが、いざゴルベリアスと対峙する時になって、はじめてその事実と向き合うことになった。
  実力のある者ほど、早急に勝負をつけたがるものである。
  ゴルベリアスほどの剣の使い手なら、魔法を使うまでもないのかもしれないが、生死をかけた戦いだというのに有利な手を使わないとはあまりにも不可解だった。
“嘘か本当か、試してやる!”
  リューベンは、低い回し蹴りを放ってみた。これは相手の意表をついたらしく、ゴルベリアスは後ろに下がって、その蹴りをかわした。
  そこを、すかさず剣を振るうが、これは簡単に受け止められてしまった。力を込めて押してみたが、ビクともしない。力比べでは断然、向こうのほうが上だった。
「まだまだだな!」
  ゴルベリアスは勝利を確信したかのような表情で、今度は嵐のような攻撃をはじめた。大剣を恐ろしい速度で振り回す。一度、剣で受け止めようとしたが、今度は簡単に弾かれた。リューベンは後ろに下がりながら、反撃の機会をうかがった。

 リューベンとゴルベリアス。
  このふたりの戦士の一騎打ちのあまりの凄まじさに、兵士達はほうけたように口を開いて、目はリューベンとゴルベリアスに釘付けになっている。
「強い……想像以上だ」
  ネヴァンは思わず呻いた。
「あんなヨボヨボのジジイが、なんであんなに強いの!?あたし達、とんでもない選択をしちゃたんじゃないの!?」
  ヴァハの口調は、明らかに焦りの色をおびていた。
「だが、リューベンも一流の剣の使い手だ。それに若い。老人であるゴルベリアスのスタミナにも限度があるはずだ。そこが狙い目だな……」
  ネヴァンは、加勢したい気持ちを必死に抑えながら、そう言った。

 ゴルベリアスにも、その表情ほどの余裕があるわけではなかった。細心の注意を払って、相手の剣を受け止め、受け流す。気を抜いた方が命を落とす、これはそんな戦いだった。
  もし、魔法が使えれば、リューベンなど一瞬で葬り去ることができただろう。
  だが、今は魔法の使用は絶対にしてはならないとゴルベリアスは固く己に誓っていた。あくまで、剣と剣で渡り合わなければ、今の彼には意味がないのだ。
  ゴルベリアスは、じわりじわりとリューベンを追いつめてくる。リューベンは後退しながら反撃の機会をうかがうが、まったく隙がなかった。
  そのとき、ゴルベリアスの剣の振りが、いつもと違う軌道を取った。それがフェイントであることはリューベンには分った。こちらの攻撃を誘っているのだ。
  だが、リューベンはあえてその誘いに乗ることにした。
  敵の予想を超えた力と速度で攻撃を打ち出せば、相手は自らが仕掛けた罠にはまることになるのである。
  リューベンは剣先を前に出し、身体ごとぶつかっていくような一閃を見舞った。二撃目はないと自分に言い聞かせていた。
  ゴルベリアスはリューベンのその突きを待っていた。勝負あったとばかり、大剣を振り上げ相手の首を狙う。
  だが、自分の剣の振りより、リューベンの踏み込みの方が一瞬だけだが、早かった。
  リューベンの渾身を込めた剣の一閃が、ゴルベリアスの両腕を大剣ごと斬り飛ばしたのである。
「ぐあぁっ!」
  ゴルベリアスの両手から、赤黒い鮮血がほとばしり、衝撃で床に倒れ込んだ。
「やった!やったぞ!」
  ネヴァンは思わず拳を握りしめた。
「ネヴァン!リューベンが、リューベンがやってくれたよっ!」
  ヴァハは興奮と歓喜のあまり、ネヴァンの首に抱きついた。
「勝った!王子がゴルベリアスに勝った!」
  皆の間から、歓声が沸き起こり、一斉にリューベンの元に駆けつけた。
  リューベンにしてみれば、ほとんど賭けのような勝ち方だった。しかし、それでもゴルベリアスは最後まで『魔法』を使おうとしなかった。あの一瞬、ゴルベリアスに何らかの魔法でも使われたらリューベンに絶対に勝ち目はなかっただろう。
「やはり所詮、『魔法』などというものは根拠のない、自分を大きく見せるためのたわごとにすぎなかったようだな。民衆達は、貴様の芝居に見事に騙されていたわけだ」
  リューベンは顔から流れ出る汗を、顎のところでぬぐいながら、そう断定した。

 リューベンは肩で息をしながら、片膝をついたままのゴルベリアスの眼前に聖剣オートクレールを向けた。
「勝負あったな。ゴルベリアス」
「……ああ、剣の腕は見事だった。それだけは認めよう」
  ゴルベリアスは激痛をこらえながら、震える声でそう答えた。
「ならば、覚悟はできていよう。貴様はバリア人やカルム人を始めとした、多くの罪なき人々を殺し、己の利益の為だけに民衆を恐怖に陥れた。ゴルベリアス、貴様の時代は終わった。私は仲間と共に、差別のない、新しい世界を創る。貴様は新しい世代のためにここで死ななければならない」
  周りの仲間達に囲まれながら、リューベンはとうとうと自分の想いを語った。
  しかし、その言葉を聞いたゴルベリアスはキッとリューベンを睨み付け、険悪な表情を崩さず、吐き捨てるように言った。
「新しい世代だと?ハッ、ほざくなよ、小僧!貴様がやったことは、我が王家を武力によって追い詰めた。ただそれだけのことだ。余には見える。いずれ貴様も余と同じ道を辿るだろう。しかしその時がきても、貴様は自分のやっていることが見えていまい。
貴様が成した事は、このファルコン半島の勢力図を変えただけということを忘れるなっ!」
  リューベンは一瞬、君主としてなら誰しも常に心の片隅に蠢いている自分の野心を見透かされたような気分になり、たじろぎはしたが、謙虚にその言葉を受け入れた。
「たしかに、あなたの言うとおり、権力とは魔物だ。私がそれを手に入れたとき、正しい心で理想を貫けるか、確信を持って断言することはできない。しかし、私には信頼に足る多くの仲間がついている。この戦いを共にし、苦楽を分かち合い、理想を誓い合った仲間だ。
もし私が間違った道を歩んでも、それを諌め、助け合っていける。もしそれでも私が目を覚まさなければ、躊躇なく斬り捨ててくれると信じている。
それはいつまでも変わらない。私はそれだけは胸を張って言える」
  リューベンの背後に集うネヴァンやヴァハといった十二神将、それに兵士達は、そのリューベンの力強い言葉に感銘を受けながら目を輝かせていた。
  そして、彼の恋人である王女レティシア・ビュネーンも、また、この場に居ずとも、リューベンが心から信頼する同胞に違いなかった。
「……やはり貴様にこのファルコン半島を任すわけにはいかんな。人のつながりや信頼などつたなきもの。真の王者とは孤独なものだ。貴様にはその孤独に打ち勝つ力などないっ!!仲間などをあてにしている時点で、貴様には王たる資格がないというのだ!」
  ゴルベリアスとリューベン、滅びゆくシーガイア王朝の王と、未来のファルコン共和国宗主国の王、二人の主張は全く正反対であった。
  しかし全てを失い、目の前に死が迫っているというのに、ゴルベリアスの赤い眼光はいささかの衰えもなく、リューベンを射抜いていた。
「試してみるさ」
  リューベンは剣を上段にゆっくりと構えた。
  もはや両者の口論は平行線をたどるばかりであると悟ったのだろう。
「私はファルコン自由解放同盟の長(おさ)として立つとき、心に決めた。この世に渦巻く憎しみ、悲しみ、全てを受け入れ、浄化する、その礎(いしずえ)となることを……」
「世迷い言だな。余とてそう思い、平和を望んでいた――」
「黙れ!!貴様こそ民を虐げ、このような結果を生んだ張本人ではないか!」
  ネヴァンがいきり立ってゴルベリアスの言葉を遮った。
「そうだよ!自分たちウォルス人以外の人種を虫ケラのように踏みつけにしておいて、何のための平和だい!」
  ヴァハも怒りに身を震わせ、罵倒の言葉を投げつける。
「フッ……、ならばもう何も語るまい。だが、最後にひとつだけ言わせてもらう……。
リューベン・スターロード、貴様は蜂起すべきではなかった。
貴様でなくても、いずれファルコン半島の痛みを純粋に感じることのできる者が現れるはずだった。貴様はファルコン半島の為ではなく、己自身のために、己の欲望を満たすためだけに、余を殺す。そのことを忘れるな」
  そう言うと、ゴルベリアスは一息ついて、目を閉じ、リューベンの前にひざまずいた。
「感謝、する」
  リューベンは短く呟くと、頭上に構えた剣を振り下ろした。
  ずんっ、という鈍い感触と共にゴルベリアスの首が宙に舞った。
  終わった――。
  長く、辛く、そして苦しい戦いだった。
  共に闘った臣下達や兵士達にも、これでやっと報いることが出来る。
  リューベンは安堵から目を閉じ、感慨にふけっていた。
  だが、その瞬間、バアッとまばゆいばかりの虹色の閃光がゴルベリアスの身体から発せられ、リューベンの周囲を包んだ。
  「な、なんだっ!?」
  光は際限なく輝きを増し、目を開けてすらいられない。
  そして今度は凄まじい衝撃波がリューベンを襲った。
  リューベンは耐え切れず、その衝撃に飲み込まれ、吹き飛ばされ、したたか壁に身体を打ちつけた。
  ゴルベリアスか?
  最後の力を振り絞って、『魔法』を使い、自分を巻き添えにしたというのか?
  そう思う間もなく、リューベンは意識を失っていた……。





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