
「待っていてください、すぐに明かりをつけますから」
オリビアは暗がりのなかをすたすたと歩いてゆき、ランプに火を灯した。
屋根裏部屋という密閉された空間ということもあってか、ランプの光量は充分すぎるほど部屋を照らし出してくれた。
屋根裏部屋というからにはもっと狭く埃っぽいイメージがあったのだが、広さはゆうに7、8人分は収容でき、殺風景ではあるが小さなあぐらをかくタイプのテーブルが部屋の中央に安置され、部屋の隅には剣や斧、槍などの仰々しい武器がきちっと整理整頓されて並べられている。
きっと、先程オリビアが言っていた『組織』の人々が頻繁に出入りしているせいなのだろう、部屋の全体的な印象は小綺麗とまではいかなくとも、整理の行き届いたさっぱりしたものである。
「狭くて汚いところですが、我慢してくださいね。ここならファージの目も届きません。安心してください。椅子もないですけど、お掛けになって楽になさってください」
それでもオリビアは控えめだ。
「ああ…すまない」
オリビアの言葉を受けて、壁を背にしてテーブルの前にあぐらをかくリューベン。
しかし、あくまで鎧は脱ぐことはせず、剣もいつでも取り出せる位置に置いた。
「……警戒されているのですね?」
少々、哀愁のこもった口調でオリビアは言いながら、リューベンの正面に座った。
「すまない。無礼な態度だとは分かっているのだが、このような何も知らぬ異国の地では一瞬の隙が命取りになる。どうか許して欲しい」
「いえ、当然のことです。見たところ、リューベン様は遠い異国からいらっしゃった方のようですね?このファルコン半島で帯剣証の存在を知らないぐらいですから」
そのオリビアの言葉に、思わずガバッとリューベンが身を乗り出した。
「今、何と言った?」
リューベンの瞳はギラギラと輝き、あまりの剣幕にオリビアは思わず一瞬後ずさったほどだ。
「え?ですから、帯剣証の存在も知らないほど遠い国からやって来られた方だと……」
「その前だ。今、あなたは『ファルコン半島』と言ったな?」
「え?ああ、はい。……それがどうかしまして?」
その時、コリューンが肉料理とクレープ、野菜の盛り合わせ、それに傷薬と包帯をバスケットに入れてハシゴを登ってきて、呑気な声が響いた。
「お待たせ~っ!……って、どうしたのさ?二人とも恐い顔しちゃって。ほら、食べ物に傷薬と包帯だよ」
オリビアは、なんとかこの張り詰めた空気から抜け出すチャンスを作ってくれたコリューンに感謝し、彼女に駆け寄って、包帯と傷薬をバスケットから取り出した。
「リューベン様、せめて傷の手当だけでもさせてください。放っておくと傷口が膿んで大変な事になってしまいますわ」
オリビアは包帯と傷薬をリューベンの目の前に持ってきたが、リューベンは興奮のあまりオリビアの手を少々乱暴に払いのけた。
「いや、こんな傷、どうということもない!それよりも、あなた達に聞きたいことが山ほどあるんだ!頼む!君たちが知っている事は何でもいい!私に教えてくれ!」
リューベンは、ほとんど土下座するような形で頭を下げ、二人の女性に必死で懇願した。
この自分の置かれている訳のわからない状況を説明してくれるのなら何でもいい。
今のリューベンは藁にもすがる気持ちだったのである。
そのリューベンのあまりの必死さを見て、互いに顔を見合わせるコリューンとオリビア。
「わかりました……私たちの知識で、リューベン様のお役に立てる事ならお教えしますわ。ね?コリューン」
オリビアの言いようは、あくまでしとやかで優しげだった。
「ン……まぁ、オリビアがそう言うんならね。さ、リューベン、ちゃっちゃと言ってみなよ」
そう言って、コリューンはテーブルの上に腰掛けて、バスケットも置いた。
コリューンにしてみれば、土下座までして教えを乞うリューベンに意地悪をする気などさらさらないし、なによりオリビアが同意を求めているので、コリューンはサバサバとした口調でリューベンの質問を促した。
もともとコリューンは、リューベンに対する警戒心が強いだけで、好きか嫌いかと問えば、彼の持つ王族の気品を敏感に感じ取って、好感は持っている方なのである。
「ありがとう、二人とも。それで、さっそくなんだが、ここは一体、どこなんだ?」
二人の女性にしてみれば、さぞかし極めて初歩的的な質問であろう。しかし、そんな事もわからないのが今のリューベンなのだ。
しかし、オリビアはゆっくりと丁寧に答えてくれた。
「ここは廃都エッセネ。ファルコン半島の北東部、ルーヴェルラント王国領に属する都市のひとつですわ」
が、答えを受けた肝心のリューベンは、オリビアの返答に眉をしかめた顔つきで返すしかなかった。
「廃都エッセネ?私は今までファルコン半島の各地をつぶさに巡ってきたつもりだ。しかし、悪いがそんな都市の名は聞いたことがない。シーガイア王朝の都市のひとつか?」
彼女らにしてみれば、リューベンは相当常識外れな事を質問をしたのであろう。
今度はオリビアが眉をひそめた。
コリューンなどは、リューベンのあまりの質問の内容に、足を組んだまま固まっている。
「シーガイア王朝……?」
「リューベン、何言ってんの?シーガイア王朝は20年も前に滅亡したじゃないか。まったく、あんた、本当に大丈夫かい?」
コリューンの言葉は、リューベンにとって頭を思い切り殴られるような衝撃的な内容だった。
「シーガイア王朝が20年も前に滅亡しただとッ!?どういう事だッ!?」
リューベンは思わず身を乗り出し、テーブルにバンッと音を立てて手をついた。
「ど、どうもこうも……ねぇ?オリビア」
コリューンは、自分の言葉がここまでリューベンを狼狽させるとは予想だにせず、どうしていいか困惑した表情でオリビアの方を見やった。
「まあ、落ち着いてください、リューベン様――では、あなたはどこから来られたのですか?」
オリビアは、逆に自分たちから質問するという風に趣旨を変えてみた。
どうも、リューベンはこの世界についてわからない事が多すぎて、何度も自分たちの言葉に衝撃を受けているようだ。
それよりは、こちらから質問して、その間違いを指摘する方が、リューベンの傷にもさわらないだろうし、精神的な衝撃も多少和らぐといった配慮からだった。
「私は――ファルコン自由解放同盟を率い、シーガイア王朝の王都アストレーゼで魔王ゴルベリアスと戦っていた。城下町は戦場と化し、火の海に包まれていた。ゴルベリアスとの勝負は危ないところまで拮抗したが、なんとか私が勝ち、ゴルベリアスの首を斬り飛ばした。その瞬間、虹色の閃光に包まれて、わけもわからずここに着いてしまったというわけだ」
リューベンは、詳細は省いて、できるだけ簡潔に固有名詞を使い説明した。
この固有名詞のどれかを彼女らが知っていたら、そこから解決の糸口が見つかるかもしれないという淡い希望を抱いてのものだった。
「首を斬り飛ばしたら虹色の閃光に包まれた?あんた夢でも見てたんじゃないのぉ?」
コリューンは真面目に聞いているのか聞いていないのか、リューベンを茶化しすような口調でからかった。
そう、確かに夢物語だろう。でなければ妄想である。
しかし、少なくとも『虹色の閃光』を信じられないということは、この世界にはマグス信仰――つまり魔法の信仰がないということになる。リューベンはそう計算した。
「コリューン、少しあなたは黙ってて。――それで、気がついたらエッセネにいたというわけですね?」
「そうだ」
オリビアは軽く腕組みをして、しばし思索を巡らせているようだった。
そして、これまでとは違って、神妙な様子で口を開いた。
「リューベン様。あなたのおっしゃる事が事実ならば、あなたは過去から来た人間、という事になってしまいます」
「……ッ!?」
リューベンは、オリビアの言葉に呻いて絶句した。
オリビアは続ける。
「先程、『王都アストレーゼ』と言われましたね?歴史書で読んだことがあります。かつてのシーガイア王朝の王都アストレーゼは、20年前の戦争の後、打ち棄てられ、エッセネと名を変えて地方都市のひとつとなったのです。つまり、ここがかつてのシーガイア王朝の王都アストレーゼなのです。魔王ゴルベリアスの居城、ヴァレンタイム城も今はエッセネの太守が使っていますが、まだちゃんと存在していますよ。ご覧になります?」
「……見せてくれ」
オリビアはすくっと立ち、屋根裏部屋のランプの明かりを絞って、天井に近い木製の窓を少し開けると、今は廃墟となっているヴァレンタイム城が月夜に浮かぶ姿をリューベンに見せた。
間違いなく、それはさっきまでリューベン達ファルコン自由解放同盟が攻略していたヴァレンタイム城そのものだった。
“あのひときわ高い塔の天守で、私はゴルベリアスと戦っていた……”
しかし、その城の輪郭は月夜だというのに、時を経て朽ち果てているのが容易に観察できた。
「馬鹿げたことを聞くと思うが――今はいつなんだ?いや、正確には何年何月何日なんだ?」
「ウォルス暦1560年4月13日です」
どうやら月と日は変ってないらしい。
しかし、リューベンのいた時代はウォルス歴1540年である。
この『ウォルス歴』という暦(こよみ)は、ファルコン半島を含めたウォルス大陸全土で使われているもので、リューベンが20年の歳月を時間の壁を越えて未来に来てしまったというのは疑いようのない事実のようである。
それは、月夜に浮かぶヴァレンタイム城と、火の海と化していたはずの城下町が、バラック小屋の立ち並ぶ貧民街に変っているを見れば一目で分る事だった。
その事実に打ちのめされ、リューベンは脱力して床にへたり込み、ひとり呟いた。
「そんな馬鹿な……これは夢か?ゴルベリアスの魔法が見せている幻影か?」
「何言ってんの。オリビアもあたしも、そしてあんたもこの屋根裏部屋にいる。これは事実じゃないか」
コリューンはテーブルに腰掛けたまま、リューベンに事実を再認識させようとしているのだが、彼女の口調だとどうしても軽いものをおびてしまうのが玉にキズだった。
リューベンは、コリューンの言葉を聞いているのか聞いていないのか、まだ独り言を呟いている。
「とても信じられない……時間を越えて未来に来てしまったなどと……これがマグスの『魔法』というやつなのか。『魔法』は実在したのか……」
「リューベン様……」
オリビアは、リューベンのあまりの落胆ぶりを見るに見かねて、そっと肩に手をおいた。
リューベンは、ようやく少し自分を取り戻し、オリビアとコリューンに聞いてみた。
「君達も信じられないだろう?私が過去から来た人間などと」
「いいえ、私は信じます」
オリビアは即答した。
にわかには信じがたい内容に、一瞬リューベンの方がたじろいだほどである。
「オリビア!?何言ってんの!?」
オリビアの言葉に、コリューンは、半分かじりかけのクレープを口から離して彼女に向かって叫んだ。
「理由は二つあります。まず、リューベン様が携えている剣、それは聖剣オートクレールですね?」
リューベンは仰天した。
リューベンがもといた時代でも、聖剣オートクレールは庶民の希望の象徴であったが、正式にオリビアのような庶民に間近で見せた事など一度もない。
それに、20年の歳月を経てもなお、オリビアの口から聖剣オートクレールの名が出たのは二重に驚くべき事だった。
「た、たしかにこれはクルトニア王位継承者の証、聖剣オートクレールだが……オリビア、失礼だがあなたのような平民が、どうして一目見ただけで、この剣が聖剣オートクレールとわかったんだ?」
「それは……かつて私がクルトニア王家に仕えていた事があったからです。20年前の戦争の後、聖剣オートクレールは、シーガイア王朝の魔の手からファルコン半島を救った希望の象徴として神格化され、クルトニア王国のみならず、新生ファルコン共和国全体の象徴にもなっているのです」
なるほど、オリビアが一介の料亭の女将にしては妙に気品があると思っていたら、そういう経緯があってのことだったのか。
と納得すると同時に、リューベンの中である疑問が浮かんだ。
「しかし、聖剣オートクレールはクルトニア王家の家宝だ。博物館に展示させるような代物でもないはずだ。しかも、私がいた時代よりもこの剣が神格化されているのなら、おいそれと手にとることすらできないんじゃないのか?オリビア、あなたはクルトニア王国でそんなに高い地位の貴族か、聖剣オートクレールを間近に見られるような侍女の地位にあったのかい?」
リューベンは、もっともな疑問をオリビアに投げかけた。
リューベンのいた時代でも、聖剣オートクレールは同盟軍の勝利の象徴としてかなり神格化されていたのだ。
それが、この時代では新生ファルコン共和国全体の勃興の象徴となっているという。
リューベンの言うとおり、博物館で展示でもされていない限り、地位の高い者以外が聖剣オートクレールを間近で見る機会などないはずなのだ。
「私は、クルトニア王国ではただの侍女でした。しかし、リューベン様のご子息、ゼノラー・スターロード様に気に入られ、聖剣オートクレールを間近で見る機会が何度かあったのです」
オリビアの口から、聞き覚えのある名前が発せられた。
「ゼノラー・スターロード?私の……息子だと?」
そうだ。
王都アストレーゼに出陣する前、ゲッセマネのテラスで婚約者のレティシアが身ごもっていた赤子をリューベンに告白した、あの時。彼女はこう言っていた。
『男ならゼノラー、女ならミューゼと名付けるつもりよ』と。
オリビアの言う、ゼノラー・スターロードという名が本当ならば、あの時、レティシアが身ごもっていた赤子は無事に産まれ、クルトニア王国の第一王子となっているはずである。
「リューベン様、二つ目の理由をお話しましょう。それは、リューベン様の面差しが、ご子息であらせられるゼノラー王子に瓜二つだったからです」
絶句するリューベン。
しかし、それはもっともな話だろう。
自分とレティシアとの子であれば、似ていないはずはないからだ。多分、そのゼノラー王子は自分の血を色濃く受け継いでいるのだろう。
「そうだ!さっきから誰かに似てるな~と思ったら、ゼノラー王子にそっくりなんだ!」
いつの間にかクレープを食べ終え、今度は肉料理を頬張っているコリューンは、さも驚いたようにリューベンをなめまわすように見つめ始めた。
「し、しかし、オリビア、侍女だった君がそうそう何度も聖剣オートクレールを見たわけではないだろう?この剣は特殊な錬金術の製法と、宝玉で作られているが、巧妙に作られた偽物かもしれないだろう?」
リューベンは自分で自分の立場を危うくするようなことを喋っているのだが、現実を認めたくないばかりにそのような言葉が口をついて出てしまった。
まだ現実を完全に自分の中で受け入れることを拒否しているのだ。
「確かに、私のような者にその聖剣が真に本物か見定めることはできません。しかし、ゼノラー王子ならそれが可能でしょう」
オリビアはそこで一旦言葉を句切って、
「リューベン様、折り入って頼みがあります。聖剣オートクレールを私に貸してください。この剣をゼノラー王子にお見せすれば、過去から来たというリューベン様の身分は全て証明されます。ゼノラー王子にも引き合わせることができるでしょう」
オリビアは懇願するような口調でリューベンに頼み込んだ。
しかし、聖剣オートクレールはクルトニア王国の家宝である。それに、リューベンにしてみれば、いくらか疑問がないわけでもなかった。
「私の息子が――つまりゼノラー王子が、このエッセネにいるというのか?クルトニア王国の王子なのに、なぜ?」
「それも、ゼノラー王子から聞かれた方が早いでしょう。リューベン様、どうか聖剣オートクレールを私にお貸し下さい。その聖剣がないと、リューベン様の身の証明ができないのです」
リューベンは、どうもオリビアが話をはぐらかしているいるような印象を受けた。
そして、自分が思っていることをきっぱりと言い放った。
「オリビア、悪いが、それはできない。さっきも言ったはずだ。ここが仮に未来のファルコン半島だとしても、私にとっては未知の世界に変わりはない。ましてや、この聖剣オートクレールは、私の命の次に大切なもの。そうそう簡単に他人に渡すわけにはいかないんだ。わかってくれ」
実を言うと、リューベン自身、まだ完全にオリビアを信用しきったわけではないというのも理由のひとつにあった。
ここまで世話になっておいて、ゲスな想像であるが、オリビアとコリューンが物盗りではないという保証はまだ完全でないのである。
聖剣オートクレールは、その価値を知らなくても優美な彫刻と黄金、それにミスリル銀をふんだんに使った剣である。
盗賊などからしたら、喉から手が出るほど欲しい代物だろう。
それだけに、用心には用心を重ねないといけないのだ。
「……そうですか」
目を伏せてしゅんとなるオリビア。
それに畳みかけるつもりはなかったが、リューベンはさらに続ける。
「それに、君はさっきまでファージとか言う男達に殺されかけてたんだぞ?コリューンも一緒にゼノラー王子のところに行くのだろうが、こんな夜中に危険極まりない。それにだ。私がじかに聖剣オートクレールを持って、ゼノラー王子に会いに行けば済む事じゃないか?そうだろ?」
リューベンが一番納得できないのがその点だった。
ついさっきまで殺されかけていた女性が、聖剣を持って夜の街をひた走る――あのファージという男達をあそこまで警戒しておいて、今、この屋根裏部屋にいるというのに、オリビアにしてはひどく不用心な提案だと思ったからだ。
「それはそうなのですが……なにぶん、ゼノラー王子も私と同じくファージにつけ狙われておられる身であり、警戒心がお強いお方なのです。ですから、まずこの聖剣でリューベン様の身分を証明した上で、引き合わせようとしたのです。ゼノラー王子にしてみれば、リューベン様は見ず知らずのお方です。失礼ながら、ファージがリューベン様になりすまし、お命を狙う可能性もなきにしもあらずなのです」
「そんなに厄介な連中なのか?ファージという奴らは?」
リューベンは、先程から気になっていた黒服の軍服に身を包んだ『ファージ』について聞いてみた。
どうも、彼女たちをはじめ、自分の息子であるゼノラー王子をもつけ狙っていると聞いては、無視はできない存在である。
「はい。名目上はファルコン半島における共和国の治安維持が目的ですが、それはあくまで建前です。実際は働けぬ者、身体障害者、精神を病んでいる者、同性愛者、反逆者、思想犯など、国家にとって都合の悪い人々を強制収容所に送りつけたり、処分するのが主な任務です。先程、私がリューベン様に助けられたネスの街道で処断されそうになったのは、同性愛の犯罪に該当してたからです。目的のためならどんな卑劣な手段も辞さない存在、それがファージです」
もしそんな事が国家規模で行われていて、容認されているとしたら異常である。
いや、先程オリビアを助けた時に目撃したファージの高圧的な態度、粗暴さ、卑劣さだけでも充分オリビアの言うことには信憑性がある。
それに、彼らの軍服には旧ファルコン共和国によく似た紋章が刺繍してあった。
ファージの存在を、20年後の新生ファルコン共和国は容認しているのである。
「なんて卑劣な奴らなんだ!そんな奴らをのさばらせて、評議会は何をしているんだ!」
「それもゼノラー王子にお聞きになればよいでしょう。ゼノラー王子は優れた学問も修められたお方です――では、いささかゼノラー王子の説得には時間がかかるかもしれませんが、リューベン様も一緒にゼノラー王子の屋敷に向かうといたしましょう」
「オリビア一人で大丈夫?あたしもゼノラー王子の屋敷に行くよ」
コリューンは、まだリューベンの事を完全に信頼していないようだ。オリビアと二人きりにするのは危ないと思っているらしい。
疑い、疑われ、つくづくこの世界は疲れる時代だと痛感するリューベンだった。
「わかったわ、コリューン。でも、まずゼノラー王子と話をするのは、私だけにしてちょうだい。お願いね」
「それは別にかまわないけど……?」
コリューンは、きょとんとした顔つきをしていたが、すんなりと承諾した。
「早速、ゼノラー王子の屋敷に向かいたいところですが、まず、リューベン様の傷を手当てしてからですね。それから、その鎧や顔についた血糊も拭いておかないと。ファージがどこで見ているかわかりませんから」
「ああ。わかったよ、オリビア」
ゼノラー王子に会えば、この世界の事がもっとわかる事だろう。
それに、成長した自分の息子に会うこともできるのだ。
はやる気持ちを抑えながら、リューベンは傷の手当てを受けるために鎧の留め金とマントを外した。