第23章 ゼノラー

 その男は、かすかな微笑を浮かべて、リューベンに手を差し出してくる。
「リューベン、と呼ばせてもらっていいな?親父(おやじ)、とか父上とか呼ぶには違和感があるんでな」
「それはそうだろう……過去から来たというような突拍子もない話、信じろというにも無理がある」
  リューベンは、握手を返しながら、ゼノラー・スターロードの顔を凝視していた。
  確かに自分に似ている。
  プラチナブロンドの巻き毛はレティシアから遺伝したものだろう。顎先の骨が鋭いことや、少し厚めの口元などはまるで鏡で自分を見ているようだ。
  しかし、ひとつだけ違うと思ったことがあった。
  目である。
  ゼノラーの眼光は異常なまでに鋭く、そのブルーの瞳は何もかもを見透かしているような畏怖心を相手に与える印象に充ち満ちていた。これは、リューベンにも、そしてレティシアにもなかったものである。
  性格は、几帳面なほうらしく、スマートな濃い茶色の礼服をきっちりと着こなし、目の冴えるような純白のスカーフを首に巻き、白手袋をはめている。
  そして、その胸にはクルトニア王家の紋章が染め抜かれていた。
「どうした?やはりもの珍しいか?俺の顔が?」
「あ、ああ。こう言ってはなんだが、君に会った瞬間、私の息子だと確信したよ。そのプラチナブロンドの巻き毛はレティシアのものだし、顔の特徴も私にそっくりだ。そして、レティシアとともに生まれ出てくる子には『ゼノラー』と名付けようと約束していた。……不思議だな。つい数日前に君はレティシアのお腹の中にいた。それがこうして握手までできるとは」
「フン……。そういうものかね?俺には実感が湧かないが」
「それはそうだろう。君はこの20年、クルトニアの第一王子として生きてきたはずだ。これは私だけの感傷といったところだな」
  リューベンは微笑を返しながら、ゼノラーの執務室を再度見回してみた。
  はっきり言って、一国の王子の執務室というにはほど遠い貧相さである。
  部屋の壁紙は、薄汚れてそこかしこが今にもはげ落ちそうだし、シャンデリアも金属が劣化して、今にも落ちてきそうな程ボロボロであった。
  家具も同様で、どれも相当の年代物なのだろう。
  ソファなどは布地が破けて中身がはみ出していた。ゼノラーが使っているであろう執務用の机のニスは剥げ落ち、革製の椅子も使い込まれた上に薄汚れていた。
  そもそも、オリビアに連れてこられ、ゼノラーの屋敷のたたずまいを見た時点で、廃墟といってもいいようなゼノラーの屋敷を見て呆然としたものである。
  オリビアの説明によると、ゼノラーの住むこの屋敷は、20年前のアストレーゼの戦闘で唯一焼け残ったものをそのまま使っているとのことだった。
  つまり、この屋敷の室内も、20年前から打ち棄てられたものを流用してるも同然なのである。
  リューベンとオリビア、それにコリューンは、執事にゼノラーの部屋に通された。ただし、なぜかコリューンだけはゼノラーの部屋に入るのを許されず、この屋敷のどこかの部屋をあてがわれて、今頃ふくれっ面をしていることだろう。
「それにしても君は相当な倹約家なのか?王子ともあろうものがもう少しは外見に気を使った方がいいと思うが?」
「倹約家だって?こいつぁ、傑作だ!」
  リューベンの言葉に、ゼノラーは大げさに笑ってみせる。
「誰が廃都エッセネの、しかもこんなボロ屋敷に好きこのんで住むものかね。俺は追放されたんだよ。クルトニア王家からな」
「追放?なぜだ?」
「今の新生ファルコン共和国のありかたに異を唱えたからさ。強い者だけが生き残り、弱い者を踏みにじる政策は間違っていると発言しただけで、このザマだ。今の新生ファルコン共和国は、クルトニア王国第一王子といえども容赦はないってことだな」
「そうなのか?オリビア」
  リューベンはオリビアの方を振り返る。
  それまで部屋の片隅で大人しくしていたオリビアの口から出た言葉も、ゼノラーと同じものであった。
「はい。今やゼノラー王子は王位継承権も剥奪され、この廃都エッセネに追放になっております。もともと、この廃都エッセネは罪人や追放者を送り込む役割を担っていましたから」
「そんな……」
  あまりの悲惨な事実に、リューベンはただ拳を固く握りしめることしかできなかった。




【廃都エッセネ】


「それにしても、オリビアが聖剣オートクレールを持ってきた時は驚いたぞ」
  ゼノラーは肩をすくめて笑う。
「オリビアが見せてくれた聖剣オートクレールは、確かにクルトニア本国の王都アクロポリスに秘蔵されているものだった。ここから何百キロも離れている王都アクロポリスにあるはずの聖剣オートクレールが、こんな辺境の廃都エッセネにあるわけがないからな。あんたが過去から来たと信じるのは容易なことだった」
「そうだったのか……それよりもこんな真夜中に突然押しかけてすまない」
  壁に設置された古時計の針は、すでに午前3時を回っていた。
「別に構わんよ。俺に聞きたいことが山ほどあるのだろう?」
「ああ。オリビアから聞いただろう?私は20年も過去から来た人間だ。この時代の事についてはこれっぽっちも知らないんだ」
「フム……じゃあ、この時代の概要について、過去から来たお前の観点でかいつまんで話してやろう。それが一番てっとり早い。立ち話もなんだ。そこのソファにでも掛けてくれ」
  よほど切れる頭を持った男なのだろう。
  人間の不安の原因は、不明で曖昧になっている部分にあるからだということを良く知っている。
  リューベンとオリビアはカバーが破れている粗末なソファに腰を下ろした。思った通り、痩せ形のリューベンとオリビアが座ってすらソファの足がギシギシと音を立て、今にも折れそうでなんとも心細いソファである。
「ウィスキーでもどうだ?」
  ゼノラーは酒棚からボトルを取り出し、リューベンに呼びかけた。
「いや、遠慮しておく」
  リューベンは丁重に断った。
「オリビアはもともと飲めないんだったな。さて……」
  ゼノラーはウィスキーが注がれた自分のグラスを片手に、テーブルを挟んでリューベンの正面にあるソファにどかっと座り、足を組む動作をしながら話を始めた。
「まず、今の新生ファルコン共和国の現状だな。現在のファルコン半島は、クルトニア王国が宗主国として統治している。ディアナニュクスエレボスルーヴェルラントといった4王国も再興を果たしている。ここまでは、あんたの知っている旧ファルコン共和国と同じだ。が、実質上、今の政治はクルトニア王国の独裁状態だな」
  ゼノラーの言った最後の内容に、リューベンは思わず眉をしかめた。
「クルトニア王国の独裁状態?5王国を中心とした評議会はどうした?」
「そんなものは、とうの昔に立ち腐れている。解散はしてないが、今の評議会に発言権などないに等しいな。オリビアから聞いたろうが、ファージという連中な。
あいつらは、クルトニア王国を母体とした『公安委員会』という組織が中心となっている。今や評議会より、ファージで構成された公安委員会の方が権力が上で、絶対的な権力を持ち、執行権は事実上『全てのこと』に及んでいる。
治安維持の名目で、社会的弱者を強制収容所に送り込んだり、諜報活動や要人の暗殺をしたり、反逆者の取り締まり、ザフネス教信者への弾圧などやりたい放題だ」
  ゼノラーはそこで言葉を句切ってから、ウィスキーを煽った。
「ひどすぎる……」
  あまりの内容に、茫然自失とするリューベン。
  ただ、ひとつだけ、リューベンの興味を引く話があった。
「ゼノラー、この時代のファルコン半島ではザフネス教を追い出すことに成功しているのか?」
  聞いた限りファージ達のやっていることは到底許されるべき事ではないが、『ザフネス教をファルコン半島から追放する』という理念はリューベンの元いた時代でも共通のものだったからだ。
  その問いに、グラスから口を離したゼノラーは丁寧に説明してくれた。
「ああ、ザフネス教ね。かつてのシーガイア残党といった連中達は隠れて信仰を続けているようだが、まあ、ファージの熱心な弾圧のおかげでほとんど追放か収容所送りにされてるな。なにしろ、リューベン王が新共和国を再興する際に特に力を入れたのが、ザフネス教をこのファルコン半島から追放することだったからな」
「では、かつて太古からファルコン人が信仰していた大地の神ザッハークや他の神々に対する信仰も復活しているんだな?」
  リューベンは目を輝かせた。
  大地の神ザッハークとは、太古の昔からファルコン人に信仰されていた豊穣を司る神である。
  リドル神聖国の侵略により、ザフネス教を押しつけられるまでは、ファルコン半島に住む人々の多くは大地の神ザッハークや戦の神ファリドゥーンなど、多数の神々を信仰していた。
  だが、リューベンの期待に反し、ゼノラーの答えは無情なものだった。
「いいや。復活してないね」
「……?どういう事だ?ザフネス教の脅威が去ったこの時代、信仰は人々の自由だろう?私達はそのためにファルコン自由解放同盟を率いてゴルベリアスと戦ったんだ」
  その言葉を受けて、ゼノラーはおかしそうにフッと笑ってみせた。
リドル神聖国という大国にザフネス教を押しつけられた過去に懲りたのか、お偉方たちはファルコン半島内部の反乱分子どもが何かの宗教を利用して、新しくできたばかりの新生ファルコン共和国にたてつかれると困ると思ったんだろうな。そこで、大地の神ザッハークをはじめとした神々への信仰は、ことごとく公安委員会によって規制されるようになった。
かろうじてまだ信仰の規制が緩いのは、アニミズム、つまり精霊をはじめとしたすべての物の中に神を見て、感謝するという考え方だな。これならば狂信的な輩が出現しにくかろうし、民衆を扇動する材料も少ないと踏んだからだろう」
  ゼノラーはそこまで言って、ぐいっとグラスの中のウィスキーを飲み干すと机の上に置いた。
「でな?今のこの新生ファルコン共和国で一番推奨されている信仰は何だと思う?」
  ゼノラーが悪戯っぽく聞く。
「なんだ?見当もつかない」
「これが傑作なんだがな。ファージに対する信仰さ。いや、盲信といったほうがいいかな?要はファージは社会の役に立ち、一生の生活や地位も保証されている。ファージになるには身分は関係ない。ただ、高い実務能力があればいいのだから、民衆は皆ファージになりたがってるのさ。――で、これはファージの理念だが、『能力を磨くことで自らの道を切り開く』という謳い文句……リューベン、お前ならこの言葉、どこかで聞いた覚えがあるだろう?」
「……ザフネス教の教義か?」
  リューベンはやりきれない気分になり、眉をひそめた。
  ザフネス教は『人間が自らの力で、いかなる逆境にも立ち向かうこと』を主な教義としている。
「なんのことはない。結局、多少の違いはあれどザフネス教もファージに対する盲信も同じ穴のムジナというわけさ。皮肉な話だがね」
  ゼノラーはそう言って肩をすくめて笑ってみせた。
「そうだったのか……なんてことだ……」
  苦悶に満ちた顔で、頭を抱えるリューベン。
  何度も死ぬような思いをして、幾多の敵の命を奪って勝ち取った結果が、結局はザフネス教と同じ過ちを繰り返すことにしかならなかったとは。 
  ゼノラーの話を聞いていたリューベンは、胸の奥から怒りがこみあげてきて声を荒げた。
「一体、この時代のクルトニア国王は誰なんだ?こんな力による恐怖政治が許されていいはずがないっ!」
  だが、ゼノラーから返ってきた返答は意外なものだった。
「何を言ってるんだ。今の時代のクルトニア国王はあんただよ、リューベン・スターロード」
「……ッ!?」
  絶句するリューベン。
  まるで意味がわからない。
  未来で恐怖政治を行っているのが自分だとすると、今、ここでゼノラーと話をしている自分――リューベン・スターロードは一体何者だというのか?

「……まあ、その事については後で説明しよう。――それよりまず、あんたに引き合わせたい人間がいるんだ。ヴァハ、入れ」
  ゼノラーの言葉に反応して、執務室のドアがキィィという音をたててゆっくりと開く。
  そこには、ゆったりとした薄手のストール(婦人用の細長い肩掛け)に身を包み、赤い髪に、同じく赤い瞳を宿した女性が立っていた。
「リューベン……」
「ヴァハ……!?ヴァハなのかッ!?」
  騎士ヴァハ・フレイムだった。
  ファルコン自由解放同盟で、リューベンを生死を共に戦った仲間。
  同盟軍十二神将と呼ばれ、『炎の騎士』の異名を持つファルコン半島最強の騎士の一人。
  しかし、今、目の前にいるヴァハは、リューベンの知っているヴァハよりかなり年をとっており、物腰も落ち着いたものになっている。
  それはそうだろう。20年後の未来であれば、ヴァハは今39歳のはずなのだから。
  驚愕のあまり、リューベンはがばっとソファから立ち上がった。
  ヴァハの方も目を見開いて驚きを隠せないようだった。
  リューベンにとっては、この時代に来て初めて見知っている人間に会ったことになる。
  しかも相手は、20年の歳月という、それなりの年齢を経ており、もはや自分が未来に飛ばされたという事実は確信しなければならないものだと直感した。
「リューベン!」
  ヴァハは、リューベンの名を叫び、彼の元へと駆け寄り固く両手を握りしめた。
「まさか、信じられないわ!あの日のリューベンが私の目の前にいるなんて!」
  ヴァハは感激のあまり、目元に薄く涙を浮かべていた。
  リューベンは、ヴァハの心中を察し、片手で優しく彼女の肩を抱いてやった。
「私もだよ、ヴァハ――しかし、驚いたな、こんなところで君と再会できるなんて……」
  ゼノラーは、ゆっくりと立ち上がり、ヴァハの方に向かって質問を投げかけた。
「感激の再会は後にしろ。ヴァハ、確かにリューベン・スターロード本人だな?」
「はい、ゼノラー王子。間違いなく20年前のリューベン・スターロードに間違いありません」
  ゼノラーの問いに、ヴァハはうって変ったようにゼノラーの方に向き直り、実直な返事を返した。
「エッセネにあるはずのない聖剣オートクレール、俺と同じ顔つき、ヴァハの証言、これでリューベンが過去から来たという条件が全て揃ったと言うことになるな……」
  ゼノラーは軽く腕組みをしながら、何かを思案しているように呟いた。
「しかし、ゼノラー、君も人が悪いな。オリビアが君の所に聖剣オートクレールを持って行った時点でヴァハに会わせてくれれば、全ては解決しただろうに」
「その点は悪かった。なにしろファージどもが、俺から何かしらの情報を引き出すために様々な手を使ってくるのでな。オートクレールだけでも物証として充分だったが、これから話すことは極秘中の極秘だ。それだけに、まずじかにお前と会ってみて、少しでもお前をよく知っているヴァハから見て不審な点があったら、ドアの隙間からヴァハが本物か偽物かサインを送って、偽物だったらお前を縛り上げるという算段だったんだ」
  と、いうことは、先程からずっと執務室のドアからヴァハは自分をつぶさに監視していたということになる。
  そこまでの手間をかけるということは、どうやらこれから話すことは、かなり重要かつ秘密にしなければならない事らしい。

「――ゼノラー王子。やはりシオン王子の言ったことは全て真実だったようですね」
  ヴァハは、ゼノラーの瞳を見据えたまま、断定するような口調でゼノラーに言った。
「シオン王子?シーガイア王朝シオン・イレード王子が生きているのか?い、いや、ここにいるのか?」
  突然出たシオン王子の名に、リューベンは驚きの色を隠せなかった。
  それに呼応するように、ゼノラーはヴァハと一瞬顔を見合わせ、一呼吸置いてリューベンに全ての真実を告げ始めた。
「ああ。彼は生きている。もうここにはいないがな。そしてリューベン。実を言うと、我々は、過去のお前がこの時代に来ることも知っていたのだよ」
「……どういう事だ?私には全然話が見えない」
  あまりの話の急展開に、リューベンはさすがについていけず、ゼノラーとヴァハの顔を交互に見比べた。
  しかし、二人とも真剣なまなざしそのものである。
「1ヶ月ほど前のことだ。この屋敷にいきなりシオン王子とオリビアが橙色の閃光とともに俺とヴァハの前に現れた。俺達は面食らったよ。なにしろ何もないところからいきなり人間が2人も出現したのだからな。しかし、それもマグスが使う魔法――『転移の術』を使ったものだと説明してくれた」
「そうなのか?オリビア?」
  オリビアはソファから立ち上がって、記憶の糸をたぐりよせるように言った。
「はい。店で料理の仕入れをしている時に、いきなり銀髪に深紅の瞳を持つ青年に手をとられ、気がついたら、ゼノラー王子の屋敷にいたのです。あれには私も驚きました」
  リューベンもヴァハも、ソファに座ることもせず、立ちつくしたままゼノラーの話に耳を傾けていた。
「そしてここからが重要だ。1ヶ月前シオン王子は、20年前のリューベンが、この時代の、今日の夜、過去から送られてくる事を俺達に予言した」
「シオン王子には、20年前の私がこの時代に来ることがわかっていたと?しかも時間まで正確に?」
  リューベンの問いに、ゼノラーはこくりとうなずく。
「その根拠とは、20年前にゴルベリアスが死の瞬間、お前にかけた呪いにある。すなわち魂を二つに分けて未来に飛ばす呪い『時間移動の術』をお前にかけたというのだ」
「魂を……二つに分けて飛ばす?」
  リューベンには、未だにその言葉の意味するところがわからない。
  ゼノラーは続ける。
「わかるか?つまり、20年前の時点でゴルベリアスの呪いを受け、時間を越えて今ここにいるリューベン、つまりお前だ。
それからゴルベリアスを倒した後、何の呪いも受けず、今日に至るまで新生ファルコン共和国の再興に力を傾けてきたリューベン。
この二つの魂が、今、同じ時代に存在しているということだ。
俺にも詳しいことはよく分からんが、それが『魂を二つに分ける』ということらしい。
だから、さっき説明したように、今、独裁政治を行っているクルトニア国王のリューベン王は、お前の魂のいわば片割れだということだよ」
「ちょっと待て、では、今の時代のクルトニア国王のリューベン王は、この時間を越える経験をしていないということか?」
  リューベンは自分なりに、ゼノラーから聞いたことを消化してみて、質問を投げてみた。
「そういうことだ。もし親父が、若い頃に、時間を越える経験をしていたとしたら、当然、俺にもそういった話をしただろうが、そのような話は聞いたこともないし、そんな気配もない。お前と、今クルトニア王国を治めているリューベンは別人だという見方もできるということだな」
  確かにゼノラーの言うとおりだった。
  こんな経験をしていて、また元の時代に帰れたとしたら、必ずといっていいほど自分は、今のこの経験を誰かに話すだろう。自分自身の行動パターンくらいは読める。

「……話の概要はわかった。しかし、なぜ20年前にゴルベリアスはそのような回りくどい呪いを私にかけたんだ?こんな時を越えるような大魔法を使えるなら、ひと思いに他の魔法で私を殺せばよかったものを……」
  リューベンの脳裏に、ゴルベリアスとの激闘が蘇る。
  ゴルベリアスは魔法が使えなかったのではない。
  わざと使わなかったのだ。
  だが、レティシアのように魔導書を読んでいないリューベンには、『マグスの魔法力が有限である』という概念がなかった。
「そこがよくわからんところでな。我々がどんなに問い詰めても、答えてくれなかった。それどころか、今は特級戦犯となっており、ファージから命を狙われているシオン王子が、なぜ危険を冒してまで我々にそのことを教えに来たのかさえも教えてくれなかった。――ただ、お前と会った時、全ての真相を話すと言っていたな」
「私と会ったときだけ真相を話す?妙な話だな」
  リューベンは首をかしげた。
  祖国を滅ぼされた恨み言のひとつでも言うつもりだろうか?いいや、20年の歳月をかけ、こんな手の込んだ事をするからには、そんな馬鹿げたことはしないだろう。
「そうそう、ただひとつ、オリビアを連れてきたことだけは説明してくれたな。
ゴルベリアスには予知能力があったらしい。しかも、絶対に外れることのない完璧な予知だ。だから、お前がこの時代に送り込まれた直後、あのネスの街道でファージどもからオリビアを助け、二人が巡り会うこともゴルベリアスにもシオン王子にもわかっていたんだ。
お前には悪かったが、オリビアがああもお前が『過去から来た』というのをすんなり受け入れたのは、俺達がオリビアに命令しておいたからだ。『リューベンと名乗る聖剣オートクレールを持った男と巡り会ったら、なにはともあれ俺のところに連れてこい』、とな」
「なるほど、そういうことだったのか。どおりでコリューンと違って、オリビアは物分かりが良すぎると思ったよ」
  まったくその通りだった。本来ならば、こんな得体の知れない男に対する反応は、コリューンのほうが至極自然な方だといっていいのだ。
「すいません。リューベン様を騙すような事をして……」
  オリビアはそう言って、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いいんだ、オリビア。君のおかけで、こうしてゼノラーやヴァハとも出会えた。むしろ感謝したいぐらいだよ」
「そういうことだ。しかし、オリビアもファージに捕まるところまでは、俺達が仕組んだ芝居ではなかったのだから、さぞ恐ろしかっただろう。察してやってくれ」
  そう言ってオリビアをかばうゼノラーは、その鋭い眼光には似合わず、以外に紳士らしい。
「ああ、わかってる――それで?肝心のシオン王子はどこにいるんだ?」
  そう聞かれると、ゼノラーの表情が途端に険しくなっていった。
「……それなんだがな、俺達はシオン王子をこの1ヶ月間、屋敷にかくまっていたんだが、どこから情報が漏れたのか、誰かに密告され、7日前にクルトニア王国王都アクロポリスに向けて強制送還されてしまった。
それだけじゃない。特級戦犯をかくまった罪として、明日にでも俺は逮捕され、本国の評議会で厳罰に処され、塩の砂漠と呼ばれる辺境に流刑になる運命だ。お前も知っているだろう?一度、塩の砂漠に流刑になった人間は死ぬまで二度と戻ってこれない」
「何だって!?それじゃあ、君は……」
「今までエッセネのファージには金を積んで黙らせていたが、既に7日も経過しているから、早馬の伝令を飛ばしたとして、クルトニア王都アクロポリスに知れ渡るのもあと3日が限度だな。もしかすると、エッセネに近いルーヴェルラント王国にも連絡がいっているかもしれん。もはや俺には一刻の猶予もないんだ」
  ゼノラーは険しい表情のまま、額に指を当て事実を告白した。
「まさか……いくら特級戦犯をかくまっているといっても、第一王子である君を塩の砂漠に流刑になんて……」
  そのリューベンの言葉を聞いて、ゼノラーはフッと一蹴した。
「フン、とても同じ親父の言葉とは思えんな。親父からしてみれば、俺は厄介者だ。喜んで流刑に処するさ」
「そんな……」
  ファージを使った恐怖政治に、自分の息子を平気で流刑に処する未来の自分。
  一体、未来の自分に何があったというのか?
  事態は、リューベンの想像を絶していた。
「だがな、俺も黙って流刑になる気などないぞ。こういう事もあろうかと、何年もかけてルーヴェルラント王国へのクーデターへの準備を進めてきてたんだ」
  突然のゼノラーの計画の告白に、リューベンは目を見張った。
「クーデターだと!?ルーヴェルラント王国に!?」
  驚くリューベンの反応を尻目に、ゼノラーはゆっくりとリューベンの肩に手を置き、ささやくように言った。
「リューベン、俺が思うに、シオン・イレード王子はお前が過去から来る事を知っていた。奴もマグスだ。とすると、お前を過去に帰す秘術とやらも知っているかもしれん。どうだ?クーデターに協力する気はないか?悪い取引ではないと思うがな。あんたは、この世界の住人じゃない。もとの時代に戻ってやらなければならない事があるんじゃないのか?」
  リューベンにしてみれば、未来とはいえ、いきなり見ず知らずの世界に飛ばされ、そこで自分の息子と名乗るゼノラーと会い、会ったその直後にクーデターに参加するか否かの決断を迫られる。 ゲッセマネの砦から出陣してからこっち、色々なことがいっぺんに起こりすぎて、リューベンは半ば混乱していた。
  ゼノラーはそれを察してか、
「だいぶ疲れているようだな。今夜はゆっくり休め。だが、俺には時間がない。明日までには答えを聞かせてくれよ」
  リューベンは、状況を整理するため、その言葉に甘んじることにした。
「ああ、悪いがそうさせてもらう。今日は色んな事がいっぺんに起こりすぎて、頭がまとまらないんだ」
「そうだろうな。寝室は執務室を出て右に3番目のドアだ」
「わかった……。――ああ、それから、ヴァハ」
  リューベンは、執務室を出ようとした足を止めて、振り返りヴァハの名を呼んだ。
「なに?リューベン」
「会えて、嬉しかったよ……ありがとう」
  これは本当の事だった。
  この世界に来て、見るもの聞くもの、全て現実味がなかったが、ヴァハがいてくれたおかげで、ようやくこの世界における自分への現実味が取り戻せたのだ。
「私もよ。リューベン。今夜は私にとって最高の夜だったわ……じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
  そう言い残すと、リューベンは執務室をあとにした。

「ゼノラー王子。では、私達も、『風の雫亭』に帰らせていただきます」
  オリビアが身支度を整えるのを見て、ゼノラーはすぐにそれを制止させた。
「いや、だめだ。オリビア、お前はもう既に同性愛の罪と、更にリューベンと共に逃走した罪でファージから指名手配を受けている。そんなこともわからないお前ではあるまい?お前は、ほとぼりが冷めるまで、この屋敷にいるんだ。いいな?」
「でも、それではゼノラー王子とヴァハ様にご迷惑がかかります。これ以上、厄介になるわけにはまいりません」
  オリビアの反論に、ゼノラーは眉をしかめた。
“この娘は、一度言い出したら聞かないからな……”
  ゼノラーは腕を組んでしばらく思索を巡らせ、オリビアの方に向き直った。
「そこまで強情を張るんならしょうがない。なら、コリューンと一緒に『組織』が使っている13番地のバラック小屋を使え。『風の雫亭』は料亭だ。目立ちすぎる。当面、あの料亭に近づくことは避けろ。いつお前とコリューンに危険が及ぶとも限らん」
「わかりました。ありがとうございます、ゼノラー王子」
  オリビアは深々と頭を下げた。
  それを背後から見ていたヴァハの瞳には、何の感情も映し出されていない。
  その様子を見て、ゼノラーはやれやれと首を振るのだった。





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