第27章 エクスの胸中

 新生ファルコン共和国の宗主国、クルトニア王国
  その王都アクロポリスはファルコン共和国の中枢であり、ファルコン半島で最大の大きさを誇る。
  人口は十数万人、周辺の産業や文化の中心として栄えており、街自体も商店や職人の工房が集まる商業区、公安委員会をはじめとした行政施設が集まる区画、市民の住居が軒を並べる居住区と、区画が整備されている。
  王都アクロポリスは二重の構造になっている。まず大きな外堀が街の外周を囲い、外堀の内側に石を積み重ねて作った巨大な城壁がそびえ立つ。その中にアクロポリスの街が広がっているのだ。
  特に大きな特徴としては、街の地面がほぼ完全に石畳で覆われている事だ。これで何が変わるかというと人々の足下だった。雨が降り、地面がぬかるめば泥が跳ね脚が汚れる。ブーツがもてはやされるのも素足が汚れないようにという意味合いが強い。だから地面が整備されているこの街では短靴が普通だった。
  また、この都市は他の四王国に先駆けて下水を徹底的に完備している。不衛生によって引き起こされる疫病や伝染病を防ぐためだ。これらの事から、王都アクロポリスは充実した都市管理のもと、他の追随を許さないほどの文化都市に発展しているのだ。 




【クルトニア王国王都アクロポリス及び王城ザルツヘイム】

  ディアナ王国の紋章を刻んだ馬車がこの街に辿り着いたのは早朝という時間帯である。男達は仕事に打ち込み、女達は家事にいそしみ、子供達は元気に遊び回っていた。
  馬車の窓から顔を覗かせていた貴婦人は、羨望と落胆がないまぜになったような表情で、目の前を流れていく街の風景を見つめていた。
  年の頃は30歳前後であろう。長く美しい金髪を髪留めで纏めている。輪郭はなだらかな線を描き、知的な雰囲気を漂わせている女性だ。はてしなく深い黒の礼服に、目がさえるほど白いスカーフと白手袋を身につけている。肩には新生ファルコン共和国の中で最も栄誉ある貴族の証を示す『十二神将』を象徴する金色の刺繍が施されていた。しかし、礼服の仕立てが特別しっかりしている以外には、華美な宝石や装飾の施されていない単純な造りのものだ。他の装飾品についても控えめな物を好んでいるように見えた。それが彼女の楚々とした魅力を醸し出している。だがその視線は、外見のしとやかさに反し強い意志を秘めているのが見て取れた。
“王都アクロポリスだけがこんなに豊かになって……我が祖国ディアナ王国や他の国々がどんな光景になっているのか、陛下と姉上は少しでもご存じなのだろうか?”
  その貴婦人――エクス・ビュネーンは思わず、この広大な街の北側に築かれた城壁の内側にそびえ立つ王宮ザルツヘイムを見上げ、その中で優雅な暮らしをしているであろう実姉レティシア・スターロードの姿を思い描いて思わず溜息をついた。
“姉上、あなたの目指した世界はこんなものではなかったはずですよね?こんなものでは……”
  エクスが二度目の溜息を無意識についたとき、
「お母様、いいかげんに気分を切り替えたら?さっきから溜息ばかりついているわよ」
  エクスの正面に座っている娘、シャルロット・ビュネーンが少々うっとおしそうに声をかけた。
  簡素な装いの母エクスとは対照的に、娘のシャルロットは淡いピンクと淡いオレンジを混ぜたような上品な色合いのドレスに身を包んでいる。吟味されたシルエットのシルクが、彼女のすんなりしたボディラインをとろんと柔らかく包みこんでおり、その優雅さはいかにも大貴族の令嬢そのものといったような雰囲気をかもし出していた。
  顔立ちにしても、母エクスの面影を残してはいるものの、貴族の令嬢にふさわしい高そうな化粧をふんだんに塗りたくって、香水も少し強めに振りかけていた。
「そ、そうでしたか?自分ではあまり意識していないつもりだったのだけれど……」
「ずっと間近でそんな暗い表情でいられたら、こっちまで気が滅入っちゃうわ。一体、何を考えていたの?」
「いえ、少し姉上の事を考えていたのです。それから、ギリアムの事も……」
  エクスがそう言いかけた時、ちょうど馬車は公安委員会本部のあるアクロポリスの行政区画を通り過ぎるところだった。

 王都アクロポリスの行政区画には、重要機関が集中している『特別区』と呼ばれる区画が存在する。
  『特別区』には、新生ファルコン共和国に属する各国の特使がそれぞれ屋敷を与えられ住まわされていた。ディアナ王国の第一王子、ギリアム・ビュネーンもその一人である。
  その役目は、原則として王族でなければならず、数ヶ月から1年程度の任期で、他の兄妹の王族と交代することになっていた。今、その責務はギリアムが負っているのだが、3年前にギリアムが公安委員会のファージとして入隊することになってからは、特別措置としてディアナ王国第一王女であるシャルロットが『特別区』に出向くことを免除されていたのである。
  特使といっては聞こえは良いが、実質上、中央が意のままに諸国を管理運営するために、各国の王族を人質にとっているのと何ら変わりはないといってもよかった。
  しかし、それも暗黙の了解として、誰もリューベン王に口出しする者はいなかったのである。

「ギリアムがファージとして公安委員会に入隊してもう3年……あの子がファージの思想にすっかり染まってしまっているのではないかと心配なのですよ」
  エクスはうつむき加減になって、深刻な声でそう言った。
  シャルロット自身も、弟のギリアムが自分の身代わりに3年も王都アクロポリスに留まらなくてはならない現状をよく認識しているだけに、その話題になるとさすがにいつもの高飛車な態度はとれず、黙するしかなかった。
  馬車の中に重苦しい空気が流れ始めているのを感じたシャルロットは、無理矢理話題を切り替えることにした。
「それにしても、お母様、少しお顔の色が優れませんわよ。長旅でお疲れになったのでは?」
  エクスは、娘の気遣いを敏感に感じ取り、柔らかく返答した。
「え、ええ。そのようですね。しかし、評議会に出席するには何の支障もありません」
「そう……ならいいのだけど。けれど、評議会への招集がある度に、ディアナ王国から遙か15日間も馬車に揺られていなければならないなんて、酷な話だと思わない?それもディアナ王国女王であるお母様自らが出向かなければならないなんて」
  シャルロットは、以前から常々思っていた不満を口に出した。
  ディアナ王国からクルトニア王国までは、通常の馬車を走らせて約15日間もかかる。それも、今回の評議会の招集は急を要するので、これでも他の諸国や村にもろくに立ち寄りもせずに馬車をひた走らせてきてたのだ。それでも15日はかかってしまうのである。はっきり言って、普段体を鍛えてない王族である二人にとっては過酷な旅である。
「共和国の未来を決める大事な会議です。これは私たち王族の使命なのですから、一度たりとも出席をおろそかにはできませんよ、シャルロット」
「でも、まったくひどい話だわ。昔の評議会は、遠方から来る議員のためにもファルコン半島の内陸にあるアダマー公国で行われていたのでしょう?それが、リューベン陛下に全権が委譲された途端に共和国の中枢ともいえる評議会を南方のクルトニア王国に移してしまわれるなんて。しかも、なんでわざわざ街の中に行政区画というものがあるのに、それを素通りして王宮で行わなければならないのかしらね?これでは、私達は属国扱いのようなものじゃない?だいたい評議会自体がもう形骸化しているのに――」
  シャルロットは熱っぽく語り始めたが、エクスは少々慌てた声でそれを諫めた。
「シャルロット、口を慎みなさい。ここはクルトニア王国なのですよ?」
  シャルロットはハッと我に返り、ばつの悪そうな顔をしてすぐに口をつぐんだ。
「あ、これは……すいません、つい興奮してしまって……」
「この王都アクロポリスに着いた以上、うかつな事は口に出してはなりません。お上が黒といったら白いものも黒となる。ファージがどこで聞いているかも知れない。残念ながら、それが今のクルトニア王国です。いつかあなたも評議会議員に任命される時が来ます。そのあなたが、そんな無思慮な事でどうします?もっと王族としての自覚を持ちなさい」
  エクスは、厳しい口調でシャルロットを諭した。
「……すいません、お母様。以後、気をつけます」
  赤面したシャルロットは、頭を垂れるしかなかった。
  その時、御者のロアーツ・ネイドが二人に声をかけた。
「エクス女王陛下、シャルロット様、間もなくザルツヘイム城の内門前に到着いたします。身の回りの準備の方をよろしくお願いいたします」

 ほどなくしてエクス達の乗る馬車がザルツヘイム城の内門に到着したとき、それを迎えたのは二人の門番だった。
「我らは貴(たっと)き盟約に従い、評議会出席のためディアナ王国女王、エクス・ビュネーン女王陛下とシャルロット王女をお連れした。お取り次ぎ願いたい」
  門番は、馬車に刻まれているディアナ王国の紋章を確認し、
「これはディアナ王国のエクス・ビュネーン女王陛下。遠路はるばるようこそおいで下さいました。早速、城内の者に案内の手配をさせていただきますので」
  御者であり、従者でもあるロアーツが来意を告げると、うやうやしく一礼した兵達によって中へと導き入られるのだった。
 
  エクスは、シャルロットを伴って王宮内にある控えの間へと案内された。
  街の規模に恥じることなく、ザルツヘイム城は大きかった。
  廊下ひとつとっても、長椅子がいくつか壁際に置かれ、大きな窓からはまばゆいばかりの朝日が差し込んでいる。天井から吊されたシャンデリアもそれは見事なものだ。
  エクスとてディアナ王国の女王である。しかし、城の大きさ、内装の凝りよう、どれをとっても祖国ディアナ王国のヴァルファーレ城とは比べものにならない。

 長い廊下を歩いていたその時、ある青年がシャルロットの目に止まった。シャルロット達に用意されたのとは別の控えの間に入ろうとする一人の青年だった。
「ジークハルト様!」
  シャルロットは、明るい声でその青年の名を呼んだ。
  ジークハルトと呼ばれた青年は振り向き、自分の方に駆け寄ってくるシャルロットと、それに続くエクスの姿を確認すると、深々と頭を下げた。
「!……これはエクス様にシャルロット嬢、お久しゅうございます」
  青年は外見からまだ20歳前後だと推察できるが、その声音は驚くほど落ち着いたものだった。
  女性のようなほっそりとした体をしているが、背はすらりと高く、肩や胸などの肉づきはいい。蒼く優しげな両瞳、そして正反対に強靱な意志を表すかのごとく、きりりと一文字に結ばれた薄い唇。エクスと同じく黒い礼服に身を包み、颯爽と着こなしている。彼の肩に刺繍されている『十二神将』の紋章を見なくても、その格好や物腰から、一目で相当高貴な家柄の者と分かる。
「一年ぶりですね。しばらく見ないうちにちょっとお痩せになったのではありませんか?ニュクス王国繁栄のため、さぞかし頑張っていらっしゃるのでしょうが、もっとご自分のお体を大事にされたほうがよろしいですよ」
  シャルロットは、しなを作ってにっこり笑いかけてみせた。言葉遣いも上品なものである。先程、馬車の中で母エクスに見せていたような高飛車な態度は微塵も見せることはなく、その振る舞いはまるで別人のようである。
「いえ、大したことはありません。これもニュクス王国の――ひいては新生ファルコン共和国の繁栄のためです。まだ若輩者ですが、国王といえども身を粉にして働きませんと務まりませんよ」
  ジークハルトの言葉に、シャルロットはとても感銘を受けたように胸のあたりで両手を組む仕草をし、頬を紅潮させた。
「さすがジークハルト様!ご立派なことですわ。政(まつりごと)などまるで興味がなく、地位を利用して遊びほうけている諸侯の多い中で、そのお覚悟――王族の鑑ですわ!」
「いいえ、私などまだまだですよ」
  ジークハルトは、かすかに微笑して返した。
「ジークハルト、ところで、立ち話もなんでしょうし、私達の控え室でお茶でもいかがでしょうか?開廷まではまだ時間はあることですし」
  エクスは、やんわりとジークハルトを自分たちの部屋に招待した。
「それは良い考えですわ。ジークハルト様なら大歓迎です。わたくし、ジークハルト様のお話をもっと拝聴したいですわ」
  シャルロットは、母エクスの思いつきに賛同し、はしゃいでみせた。
  ジークハルトは一瞬考えるようなそぶりを見せたが、
「ええ、では、お言葉に甘えて喜んでお供いたしますよ」
と快諾した。
  シャルロットは、内心、小躍りしたいような気分だった。
“やはりお母様に無理を言って、クルトニア王国まで付いてきた甲斐があったというものだわ”
  シャルロットにとっては、評議会の勉学など二の次で、実は普段滅多に会えないこの若きニュクス王国国王ジークハルト・フリーダムに会えることが、なによりの楽しみだったのである。

 3人の王族は、エクスとシャルロット専用の控えの間へと通され、評議会の開廷までしばらく待つようにと言い渡された後、案内人は別の場所へと去っていった。
  控えの間といっても、簡素な調度品が設置されているだけのごくありふれた部屋である。これから評議会に出席するという緊張を収めるのにこの静けさはありがたかった。 
  エクスとジークハルトは低いテーブルを挟んだソファに腰を降ろし、シャルロットはドアのかたわらに置いてある小テーブルの上のティーセットでお茶を入れていた。
「しかし、エクス様はお変わりありませんね。相変わらずお美しい」
  ジークハルトは白い歯を見せて言った。
「フフ、お上手ね。でも、私も今年で36よ。いつまでも若いつもりでいたけど、もう年ね……長旅に体がついていかないわ」
  そんな二人のやりとりを聞きながら、シャルロットは3つのカップを盆にのせ、ソファの前のテーブルの方に運び、エクスの隣にちょこんと腰を降ろした。もちろん、ジークハルトはありがとうとシャルロットにお礼を言うことを忘れない。
「代理の者を立てればよいのでは?例えば十二神将であるミュッセ・リガンスタイン卿などは、このクルトニア王国から最も遠いルーヴェルラントの統治を任されておられるがゆえに、代理の議員を立てています。同じく十二神将のドミニオン卿なども……」
  ジークハルトの気遣いのこもる言葉に、エクスは首を振った。
「私はね、今のこの新生ファルコン共和国の中で、苦しんでいる民衆の最後の希望が、この評議会にあると信じているのです。その席に出席しないで、何のためのディアナ王国女王ですか?十二神将ですか?だからジークハルト、いつも多忙の合間をぬって欠かさず評議会に出席しているあなたも私と同じ思いのはず。そうでしょう?」
  エクスはあえて、評議会が腐敗しているだの、他の議員が怠慢だのといった言葉を排除して、言葉を選びつつジークハルトに問いかけた。リューベン王が支配し、評議会の行われるザルツヘイム城で、そんなことを口にするのはさすがにはばかられたし、実際問題、そんなことを口にしなくても既に評議会議員の中では周知の事実であったからだ。
「……そうですね。私自身、評議会に出席できるのを誇りと思うと同時に、この国をより良いものにしたいと願うからこそ、評議会議員をやらせてもらっています。それがニュクスの民、ひいては新生ファルコン共和国の民のためになると今でも信じていますから」
  ジークハルトは真摯な表情で、自分の想いをとうとうと語った。
  シャルロットは、ジークハルトの熱意のこもった瞳を見つめながら、ぽーっと頬を紅潮させたまま思わずほうっと溜息をついた。
“ジークハルト様……。なんて素敵で凛々しいお方なのかしら。ああ、ニュクス王国とディアナ王国があれほど離れていなければ、こんなもどかしい思いをせずに済むのに!”
  そんなシャルロットの夢見がちな思いなどつゆ知らず、エクスとジークハルトの話は続く。
「その言葉が聞けて嬉しいわ、ジークハルト。――あなたも会う度に立派な君主の顔になってゆくわね。まるで若い頃のネヴァンを見ているみたいだわ。もしネヴァンが生きていて、あなたと力を合わせればニュクス王国は今頃クルトニアに凌ぐくらいの大国になっていたでしょうに」
  エクスは言ってしまってから、しまった!と思った。
  しかし、既に遅かった。
  ジークハルトの顔面からはみるみるうちに血の気が引き、蒼白になっていったのである。
「父の話はやめていただきたいッ!」
  先程までの穏やかさが嘘のように、ジークハルトは怒声に近い声を発した。シャルロットなどは、訳がわからず、驚きのあまり肩をビクンと震わせて、思わず身を引いた。
  ジークハルトに対して、父ネヴァン・フリーダムの話題はタブーであった。
  エクスは、懐かしさにかまけて、つい気を緩めてジークハルトの心の傷に触れてしまった己のうかつさを呪った。エクスは、ただ謝ることしかできなかった。
「……ごめんなさい、ジークハルト。辛い事を思い出させてしまって……」
  伏し目がちに、弱々しく謝罪するエクスを目の前にして我に返ったのか、ジークハルトはすぐに元の穏和な態度を取り戻し、声をかけた。
「……いえ、こちらこそ取り乱してしまって――大変失礼いたしました。塩の砂漠に流刑になった父ネヴァンの事は、いつか乗り越えなければならないと常々思っているのですが、まだまだ振り切れてない。情けないことです」
  ジークハルトの物悲しい声音は、過去を否定するのではなく、ただ事実を確認するというものだった。
「あなたのお父上があんなことになって本当に残念に思っています。リューベン陛下と無二の親友であり、お互いを認め合っていたネヴァン王に、陛下はなぜあのような仕打ちをなさったのか今でも理解しかねます――でもね、ジークハルト、あなたのお父上と同じく、今まさに塩の砂漠に流刑になりかけようとしている方がいるのですよ」
  エクスは、本題に切りこんだつもりだった。
「……!ゼノラー王子の事ですか?」
  エクスはこくりと頷いた。
「そう。私の考えでは、今回の事件で十中八九、リューベン陛下はゼノラー王子を塩の砂漠に流刑に処するでしょう。王家の人間を死刑にする事はできない。ですが、事実上、塩の砂漠に流刑になるということは死刑と同意義です。ジークハルト、あなたはこれをどう考えます?」
  エクスの投げかけた問いに、ジークハルトは腕組みをして、しばし思索を巡らせた。そして、ぽつりぽつりと彼の口から言葉が発せられた。
「ゼノラー王子が、かつてのシーガイア王朝の王族であり特級戦犯であるシオン・イレード王子をかくまった事は、他の理由があるかもしれないにせよ、謀反の意があると捉えられても仕方ない事です。――しかし、それを差し引いても、ゼノラー王子が廃都エッセネに追放になった後、王子がエッセネの復興に尽力し、無法都市だった廃都エッセネを立ち直らせたという事実は私も聞き及んでおります。これは驚嘆に値する事です。だがその功績を無視し、しかも王家から追放されたとはいえ、クルトニアの第一王子を塩の砂漠に流刑に処するなど、少々いきすぎではないかと私は思っております」
  ジークハルトに説明されて、エクスは、自分の言いたいことを言ってくれるので、嬉しかった。
「そう、あなたの言うとおりゼノラー王子は、精神的には不安定な部分があるものの、確かな政治の才覚をお持ちの方です。王子を流刑に処するということは、誇張でなく新生ファルコン共和国の存亡にかかわると私は見ています」
  エクスはきっぱりと言い放った。
「エクス様は、随分とゼノラー王子を買っておいでのようですね?それは私もゼノラー王子の手腕には一目置いております。王子がエッセネに追放さえされていなければ、宗主国の君主として認め、お仕えするつもりでした――ですがエクス様、今のクルトニア王国には、正統な王位継承者であらせられる第五王子のアズライル殿下がいらっしゃるではありませんか。殿下も王者の資質を備えた立派な人物だと私は思いますが?」
  クルトニア王国の第五王子アズライル・スターロードは、百年に一度現れる天才だと、臣下はおろか民衆の間でも噂されていた。武芸でも学問でも一教えれば十を覚える。アズライルの家庭教師達も、彼のずば抜けた才能には舌を巻くほどであった。
「確かにアズライル殿下は学問にも武芸にも秀で、非の打ち所のない立派な方です。ですが、殿下はまだ15歳におなりになったばかり。ゼノラー王子と違って、世の中というものをまだ知らず、主体性に欠けるところが多々おありです。そして何より、あまりにも素直すぎます――あとは、言いたいことはわかりますね?」
「はい」
  思い当たらないかといったら嘘になる。ジークハルトは、別に否定しなかった。
「私は、ゼノラー王子の無罪を評議会で発言するつもりです。――新生ファルコン共和国の次の世代を担うのは、ゼノラー王子やアズライル殿下といった方達だと信じていますから。……そして、その先鋒になるのがジークハルト、あなたなのですよ」
  エクスの予想外の言葉に、ジークハルトは一瞬眉をひそめた。
「私が次の世代の先鋒に?」
「でなければ、今回の評議会は無意味なものとなりましょう」
  エクスは、ジークハルトが快諾してくれるものと思って答えを期待していたが、予想に反し、ジークハルトは押し黙ってしまい、しばしの沈黙が流れた。
「……エクス様。失礼ながらエクス様は、私を買いかぶっております。幼い頃に父を失った私にとっては、ニュクス王国の民の安全だけが全てなのです。5年前、ゼノラー王子が追放になったあと、続いて追放になったヴァハ・フレイム殿はおろか、自分の婚約者であったレイア・フレイム嬢に対しても、陛下のニュクス王国に対する報復が怖くてなにも助けることができなかった。そんな男に、次の世代の先鋒を担うなどの大役、できようはずもありません」
  そのジークハルトの言い様は、冷ややかなのではなく、自己に対して徹底的に冷静だった。だがエクスはあきらめない。
「その民を大事に思う根源的な気持ちこそが、今の新生ファルコン共和国から失われているのです。確かにヴァハや娘のレイア嬢の事は残念な事でした。しかし、あなたは自分がニュクス王国の民のみの事を考えていると言いますが、民を慈しむ心には国など関係ないはずです。それともあなたは、他の国の民などどうなってもいいと考えているのですか?」
  さしものジークハルトも、その言葉には否定の反応を示した。
「……いえ、そんなことはありません。できることなら私はニュクスの民のみならず、新生ファルコン共和国の5王国の民全てに幸せになって欲しい。そう願いに偽りはありません」
「ならば、ジークハルト、あなたには充分にその資格があります。民の視点に立って、あなた自身の言葉で、評議会で堂々と発言してもらいたいと願います」
  その言葉を受けて、ジークハルトは上着の裾をはらうようにしてソファから立ち上がった。
「……エクス様のお考えはわかりました。私は、私なりの答えをもって今回の評議会に臨みましょう」
  エクスもソファから立ち上がり、ジークハルトの手を固く握りしめた。
「期待していますよ、ジークハルト!」





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