第29章 追放者達の逆襲

 クルトニア王国でゼノラーの流刑が決定されてから次の日の夜、エッセネ中に潜伏していたであろう反クルトニア王国派の組織が一斉蜂起し、武器をとった。その総数約1000人と150騎―― 

 深夜。エッセネ
  ゼノラーは、騎士ヴァハリューベン、それと彼の組織した私兵達を引き連れ、エッセネ太守、ダッハーマ・グロスが住むヴァレンタイム城に向かっていた。
  ゼノラー達は、城の守衛たちに案内され、グロスのいる執務室へと通された。
「時は来た。グロス、蜂起の準備は順調か?」
  扉を開け放つなり、ゼノラーは開口一番そう問うた。
「も、もちろんでございます。ゼノラー様」
  グロスは蒼い顔をしつつ、もみ手をしながら答えた。
  でっぷり脂肪の付いた体。突き出た腹。
  その外見だけでも、極貧にあえぐエッセネ民衆を顧みず、己の快楽にのみ溺れてきた証明のように見えた。
  ダッハーマ・グロスは小心者な貴族である。
  もともとは、クルトニア王国でも有数の貴族であったのに、人事異動でこのエッセネの太守に任命されたのだ。
  評議会や公安委員会での立ち回りが上手くなかったための、左遷処分を喰らったのである。

 廃都エッセネは、治安が最悪の都市である。
  今はゼノラーが代理で統治しているから、それも影をひそめているが、赴任してきた太守は誰も彼も不審な死を遂げていた。シーガイア王朝の残党、ザフネス教の狂信者、追放された犯罪者、貧民街のゴロツキども……命がいくらあっても足りない。一応、職務はこなしているが、肝心の治安維持組織である、ファージ達でさえも質が悪いときてる。
  無法地帯である廃都エッセネの統治など誰にも務まるわけはないし、彼らエッセネに住む者にとって邪魔な太守の命を狙う者などいくらでもいる。
  しかし、5年前にゼノラーがこの地に追放されたあと、ゼノラーはグロスを即座に買収して、エッセネの統治権を手に入れると復興のために尽力した。
  当初、5分の1まで落ちていた農作物の収穫量を民衆と力を合わせて5分の2まで引き上げたのだ。困窮と飢えの恐怖からは解放されるところまではいかなかったが、そのことが人々に大きな自信を与え、さらに意欲をかき立てた。
  また、昨年の収穫量はさらに5分の3まで上がった。
  よほどの気候の変化か恐ろしい疫病が流行しない限り、あと数年もすれば、廃都エッセネは豊かになり、エッセネの民衆の誰もが危惧していた飢餓から解放されるのは明らかだった。
  それだけではない。
  シーガイア王朝の残党、及びザフネス教信者達には、独自のコロニーと自治権を与え、その傘下においた。
  ファージ達には金を積んで、この事実を黙殺させた。
  これらの事からゼノラーは、あっという間にエッセネの民衆やシーガイアの残党を味方につけてしまった。それどころか、ルーヴェルラント王国の中にも田舎貴族を仲間につけ、多数の内通者を作っていたのだ。
  ゼノラーに逆らえば何をされるかわからない……彼のやろうとしていることをクルトニア王国に密告しようと思ったことも何度かあるが、とても仕返しが怖くて密告などできるものではなかった。
『余計な詮索をするなよ、グロス。俺に協力すれば、いい思いもさせてやる……だが、裏切れば、死ぬより辛い地獄が待っていることを忘れるな。もうエッセネの民衆の心は俺が掌握した。俺が処刑されれば、そいつらが黙っていまいよ』
  そう言ってゼノラーはニヤリと笑ったものである。
  気がつけばいつの間にかゼノラーは強力なクーデター軍を組織しており、主体性のないグロスは流れでその一人に参加しているということになっていた。
  だが、少々エッセネやルーヴェルラントの民衆の心をつかんだといって、新生ファルコン共和国に反旗を翻すなど正気の沙汰ではない。
“ゼノラーに付き合わされて、このまま謀反人に仕立て上げられてたまるか!”
  短期間でエッセネをまとめ上げた手腕には感心するが、長いものに巻かれる主義であった彼は、やはりクーデターなどに賛同する気概など持ち合わせてはいなかったのである。
  そこで、彼はある行為に及んだのだが……

「グロス、昨日、ファージが俺を逮捕しにやってきたぞ」
  ゼノラーは、グロスの机の上に手をつくと、冷ややかな目でグロスを見つめた。
「そ、それでは!?」
  グロスは驚きのあまり、椅子を蹴るようにして立ち上がった。
  ゼノラーは机から手を離し、くるりとグロスに背を向け、手を後ろに組み話を続けた。
「マキャベルとかいうマスターファージと数人のファージを殺した。エッセネのファージどもには金をつかませて黙らせておいたつもりだったんだが、奴はなぜか任務に忠実だったな……まあ、これで俺は後戻りはできなくなったわけだ」
「左様でございますか……」
  グロスにはゼノラーが何を言いたいのか、思いかねていた。
「変だと思わんか?エッセネの公安委員会には山ほど金を積ませてある。クーデターの準備も、この5年間、エッセネ及びルーヴェルラント中の貴族や騎士達と網の目のように連絡をとりあってきて、外部に露呈するはずない。が、ファージどもは、俺がシオン王子をかくまっていることまで知っていて、逮捕までしようとした……我々『組織』の中に、裏切り者がいるということだよ。なあ、グロス?」
  そう言葉を切って、グロスの方を振り向いたゼノラーの眼光は、全身の毛が総毛立つほど鋭く冷たいものだった。
「わ、わたしを疑っておられるのですか!?」
  グロスは自分の額にジットリと脂汗が吹き出るのがわかった。
「俺を逮捕しに来て、生かしておいたファージが全部吐いた。お前にしては随分思い切ったことをしてくれたもんだな?随分前から俺の弱みを探ろうとして、スパイを放っていたらしいじゃないか?シオン王子を手みやげに、クルトニア王国に華々しく凱旋したい、といったところかな?残念だ、グロス。本当に残念だよ……」
  ゼノラーはそう微笑みながら、グロスに近づいてくる。が、目は少しも笑っていない。
「わ、私はなにもッ!なにも知りません!ゼノラー様ッ!」
  ゼノラーの剣が一閃し、グロスはその場で斬り捨てられた。


「王子、ですからもっと早くグロスを片づけておくべきだったのです。特に、このような保身しか考えてない男は……」
  ヴァハが冷静そのものといった口調で進言する。
「しかし、扱いやすかったのもまた事実だ。次に派遣される太守が、グロスのように分かりやすい人間ばかりとは限らなかったしな。馬鹿も使いようだ」
  ゼノラーはフッと笑って返した。
「それもそうですね」
  リューベンは、先程からの一連のやりとりを見ていて少し背筋が寒くなる思いだった。
  そんなリューベンの思いなど知るよしもなく、ゼノラーはマントをひるがえして踵を返し、兵達に向かって声を大にして言った。
「よし、これからが本番だ!武装蜂起したエッセネの民衆とシーガイア神聖騎士団を率いて、エッセネ各地に点在する国土監査局を制圧するぞ!本部のほうは、ゼコビィ・ミラン男爵と聖騎士メイマー・ザウドニックに任せてある。我々の任務は本部と他の国土監査局との連携を断つのが作戦の要だ!ぬかるなよ!」
 
*************

一方その頃――
 
  廃都エッセネにある公安委員会の拠点、国土監査局本部。
  エッセネの民衆を監視する国土監査局は、エッセネ中に点在しているが、その本部であるこの建物はさすがに大きいものである。
  だが、石造りのこの建物は、比較的新しく建築された建物であるが、造りが粗雑で装飾がなにもないせいか風情もなにもあったものではない。
  ただ大きいのである。
  だがある意味では打ち棄てられた廃都、エッセネに似つかわしい建物といえた。

 若い下っ端のファージである彼は、一人で入り口玄関の見張りに立っていた。ちょっとした砦の門ほどの大きさもある、頑丈な石造りの玄関だ。門は鉄の扉で閉ざされている。
  もうすぐ夜明けだ。
  廃都エッセネはファルコン半島の北方に位置するとはいえ、広大なウォルス大陸の中心部、エルラード海に浮かぶため気候は温暖な方である。
  それでも、夜明け前の冷え込みは厳しかった。
  風はないが、氷のような空気がぴんと張り詰めている。
“まったく、たった俺一人で国土監査局の本部の入り口の見張りなんかさせるか?フツー。詰所ならいざ知らず、これじゃ、入って下さいと言ってるようなもんじゃねえか”
  心の中で、彼はエッセネ公安委員会の上層部に対する悪態をついた。
“こういうところもザツなんだよ、エッセネは。他の国や都市の国土監査局本部だったら、まずこんなことはありえねぇ。だいたい、公安委員会の国土監査局本部ってのはこうもっと厳重かつ規律がとれてなきゃ……”
  その時、彼はふと気付いた、地面が震えていると。
  だが地震ではなかった。振動はごく表面的なものだったからだ。揺れも大きくない。
  革の薄くなったブーツの底越しに、足の裏がわずかな違和感を感じた程度である。
  彼は試しにしゃがみ込んで耳を地面に押し当てた。すると耳朶(じだ)には小刻みに規則正しく振動が伝わってくる。
  ドドド、ドドド、ドドド、と巨大な棍棒で地面を打ち鳴らしているような……。
  彼はにわかに恐怖を覚えた。
  これは――これは、ただごとではない。
  なにかこの打ち棄てられた廃都エッセネに、今からとんでもない事が起きようとしている……。
  彼の直感はそう教えていた。

 
  夜明けの真っ暗な空を、けたたましい笛の音が切り裂いた。
  ファージの使用する、緊急用の笛だ。
「なにごとだッ!」
  まどろみを破られた上級士官である壮年のマスターファージ、ハイマン・オードウィンは制服の上から鎖かたびらを着込み、武器を手に叫びながら部屋から飛び出した。
  ドアを開け放つと、慌てふためいて右往左往する下士官のファージ達の集団が、廊下を飛び交っている光景が眼前に広がっていた。
  ハイマンは、肩に赤い公安委員会紋章を刺繍された若いファージのを見つけると、胸ぐらをグイと乱暴につかみ上げ、怒声をあげた。
「どうしたッ!なにがあったッ!?」
「た、大変です!武器を持ったエッセネの民衆達が、この国土監査局本部目指して迫ってきておりますッ!」
  若いファージは上官にいきなり胸ぐらを掴まれた恐怖で、おびえ引きつったような顔をしていたが、それでも声を腹の底から張り上げた。
  ファージの格は、肩に刺繍されている公安委員会の紋章の色で厳格に決められている。下士官のファージは赤、上級士官であるマスターファージは緑色である。
「な、なに!?」
  ハイマンは下士官のファージを放り投げ、廊下をひた走り、ファージ達が群がっている建物の玄関口に出た。
  見ると、確かにエッセネの集落のあたりがぼおっと赤く染まって見える。
  そして突然、エッセネの煩雑な家々の間にいくつもの炎が灯ったかと思うと、その炎は馬蹄と群衆の足音の轟きとともに闇を裂いて一気にエッセネ公安委員会の拠点である国土監査局本部目指して走ってきた。
  炎は松明(たいまつ)の明かりだったのだ。
「ど、どういう事だッ!?」
  不意の出来事に、ハイマンは驚きと戸惑いを隠せなかった。
  確かにエッセネに住んでいる民衆や追放者、罪人、シーガイア王朝の残党などは、いちいち規律に口を出し、反発する者は容赦なく収容所にブチ込む公安委員会に反感を抱いている。
  しかし、出自も、思想も、置かれている現状も、何もかもが違う彼らが結託してこうも組織だった行動をとり、大部隊を率いて公安委員会にたてつくなどありえないことだった。
“ゼノラーか!?奴のしわざか!?”
  ハイマン・オードウィンの脳裏に、不適な笑みを浮かべるゼノラー・スターロードの顔がかすめた。
  思い返せばゼノラーは以前から不穏な動きをみせていた。
  しかし、ゼノラーから多額のワイロを受け取る事を条件に、エッセネ公安委員会上層部であるマスターファージ達は見て見ぬふりをしてきたのだ。
『わかっていると思うが、余計な詮索をするなよ。お前達は黙っているだけでいいんだ。金はたんまりある。お前達も何かと物入りだろう?』
  それがゼノラーの口癖であり、いつも両手がいっぱいになる程の金貨をハイマン達のポケットにねじこんできた。
  まともな公安委員会のマスターファージなら、その場でゼノラーを収容所にブチ込んでいただろう。
  だが、エッセネのマスターファージ達はゼノラーに対して口元を緩めへいこら頭を下げ、4年間もワイロを受け取り続けてきて、本国に通報することもしなかった。
  エッセネの公安委員会がいかに質が悪く、腐りきっていたかの証左である。
“小僧がァッ!わし達をコケにしおって!”
  ハイマン・オードウィンは、自分たちの事は棚に上げておいて玄関口の壁を思い切り叩き付けた。
  しかしもう遅い。
  武装蜂起したエッセネの民衆及びシーガイアの残党達は、すぐそこまで迫ってきていたのだ。

 
  先頭を馬に乗って行く銀髪の女性騎士は、同じく馬にまたがっている壮年の貴族の横に馬を寄らせ、計画の段取りを確認した。
「ミラン男爵よ、計画は予定通り、貴公が率いるエッセネ市民と貴族達が国土監査局本部の建物を背後からくまなく囲み、ファージどもを攪乱(かくらん)してくれるだけでいい。命がけで戦う必要はない。あとで我らがまとめて掃討してやる」
「それで我らが下士官のファージどもを引きつけておいて、聖騎士メイマー殿率いるシーガイア神聖騎士団がマスターファージ達を倒すということですな?」
  その壮年の貴族――ゼコビィ・ミラン男爵は、金髪に染まった頭髪を丁寧に後ろになでつけ、豊かな口髭をたくわえた人物だ。知的で、物静かな雰囲気を漂わせ、女性騎士の言葉をじっくり確認するように問うた。
「ああ、奴らマスターファージはエッセネ公安委員会の腐敗の象徴だからな。だが、いくら腐っていても武芸の心得もあるというのがファージというものだ。奴らの始末は、我らがシーガイア神聖騎士団に任せてもらいたい。敵の総指揮官であるマルティム・ボルマンを失えば、国土監査局本部は総崩れとなる。他に点在している国土監査局の詰所はゼノラー王子が引きつけてくれているから、楽なものだ」 
  そう言って、メイマーと呼ばれた銀髪の女性騎士はフッと笑ってみせた。
  メイマーの身につけている鎧は多少古びてくすんでいるとはいえ、見事な白銀の彫刻が施され純白のマントに身を包んでいた。そして肩にはシーガイア神聖騎士団の証である「赤の獅子」の紋章が染め抜かれていた。このことから、銀髪の女性騎士がシーガイア王朝の正統なる聖騎士の後継者であることを示している。
  彼女こそ、かつてのシーガイア神聖騎士団団長ヴェスター・ザウドニックの娘である、メイマー・ザウドニックその人だった。
  豊かで艶やかな銀髪、白磁(はくじ)のような滑らかな肌、すっと通った鼻筋、形の良い唇――なにひとつとっても魅入られるような美しさだ。彼女の容姿は純粋なディープ・ウォルス人特有のものを宿していた。
  しかし、その紺碧の眼光だけは――世の中のもの全てを憎悪し、目的のためには手段を選ばないような暗く怜悧(れいり)な色で染められていた。
「了解した。しかし、攪乱するといっても我らが率いるエッセネ市民や貴族は武芸に関して素人が多い。すまぬが多少はシーガイア神聖騎士団の戦力をさいていただけないだろうか?」
  ミランにしてみれば、いちおう訓練も武装もさせたが、戦闘のプロでない市民と貴族の犠牲はできるだけ出したくないという配慮から出た言葉だった。
  それに引き換えシーガイア王朝の残党達は、エッセネ内でも独自のコロニーを形成し、日夜はげしい武芸の修行に励み、この日のために他国の反乱に傭兵として秘密裏にもぐり込んで幾度となく実戦経験も積んできた猛者達である。その手腕を恐れて、ファージ達もうかつに手が出せなかった程だ。もっとも、やはりそれにもゼノラーが金を積んで黙らせていたという側面の方が大きいのだが。
  しかし、メイマーはミランの言葉にわずかに眉をひそめた。
  それならば事前に相談しておけと言いたそうな目つきだ。
  クーデター計画から実行まで時間がなく、素人の武装蜂起にせよ、そんな体たらくでどうすると言ってやりたかった。
  だが、メイマーはここでミランの素人っぷりをあげつらって、機嫌を損ねられても何にもならないということを知っていたので、ここはあえて鷹揚にかまえてみせた。
「おおっぴらにエッセネ市民が武芸の稽古をするわけにはいかんかっただろうからな――いいだろう。私が率いるシーガイア兵力の5分の4を貴公に貸し与える」
「そんなに大量に!?失礼だがメイマー殿、貴公はそれで大丈夫なのか?」
  国土監査局本部を襲撃するエッセネの蜂起軍全体が約360人。そのうちシーガイア騎士団は約50人といったところだ。
  ゼノラー率いる約800人の蜂起軍がエッセネ各地に点在している他の国土監査局の大軍勢を引きつけているから、戦闘のプロであるメイマーは国土監査局本部を奇襲する兵力はこの数が妥当だと提案したのだ。
  しかし、メイマー率いるシーガイア神聖騎士団の戦力の5分の4というと、残りは約10人である。
  エッセネ国土監査局本部に待機しているファージは、少なく見積もっても300人はいると聞く。しかも全員がファージとしての武芸の心得がある者ばかりだ。
  そんな少数で敵のど真ん中に突貫して戦えるのか?
「だが、その10名は全て騎兵をもらってゆくぞ?私とシーガイア神聖騎士団をなめてもらっては困る。これでもかつてはファルコン半島最強と謳われたシーガイア王朝神聖騎士団の末裔達だ――アイリンッ!ジェシカッ!私についてこい!先行して突破口を開くぞッ!敵に籠城を許すな!」
  メイマーはそう叫ぶと同時に愛馬の横腹を蹴り上げ、馬蹄を轟かせて疾風の如く馬を駆けさせた。
  そのあとにメイマーの副官とおぼしきアイリン・ヴェイザージェシカ・ブレイクが、そしてシーガイア神聖騎士団の歴戦の騎士8騎あまりが続いた。
  この場合、一番恐ろしいのは敵に籠城されて時間稼ぎをされてしまうことである。だが、幸いこのクーデター計画は極秘裏に行われていたし、敵も奇襲をかけられるなど全く予想だにしていない。
  ならば、直接攻撃で一気に国土監査局本部の建物は落とせる。
  特に、建物の玄関口である門は一刻も早く占拠しなくてはならないのだ。


  接近する騎士達の姿が闇の中に見えてきても、ハイマンには、接近してくる騎士達の鎧の色や武装の種類を見分ける余裕はなかった。
「早く!早くするんだよッ!強化型ボウガンの一斉射撃で奴らの足を止めるんだ!」
「やってますよッ!」
  ハイマンの命令に対して、ボウガンを箱から取り出し調整していた若いファージは、半ばやけくそに近い怒声で返答した。
  ハイマンはこの時点で判断を誤っていた。本来ならば、敵を迎撃せず、すぐに鉄の扉を厳重に閉じて籠城するべきだったのだ。
  だがもう遅い。
  先頭のメイマーは、玄関口に集まっている下士官のファージの中にマスターファージの一人が混じっていると見るや、彼女の剣の師から受け取った秘剣テンブレードを鞘から抜き取った。
「まずは一人ッ!」
  メイマーは冷たい笑みを浮かべた。
  この剣はかつてのシーガイア神聖騎士団の団員達が使っていたとされる由緒正しきもので、二振りで一組になっている。二刀流さえも自在に使いこなせた、シーガイア神聖騎士団専用だからこその秘剣である。
  テンブレードの柄にはシーガイア神聖騎士団の紋章である「赤の獅子」の像が刻まれており、鏡のように青々とした長くて鋭い片刃は、今にも油がしたたりそうな光沢をしている。
「く、くそ!間に合わん!引けーッ!」
  ハイマンが叫んだとき、メイマーの馬が瞬時にその横を駆け抜けた。
「やってることがマヌケなんだよ、お前ら!」
  次の瞬間、閃光が鋭く宙を切り裂いた。
  ハイマンは激痛に悲鳴をあげた。
  制服の上から着込んでいる鎖かたびらが切れ、胸からおびただしい鮮血がほとばしらせたあと、ハイマンはドウッと倒れ絶命した。
  メイマーが他のファージへ馬の向きを変えたときには、すでにファージ達とシーガイア騎士達との入り乱れての激しい戦いが始まっていた。
  一通り武芸の心得のあるファージ達だが、歴戦のシーガイア騎士達が相手では一方的に倒されていくばかりだった。
  メイマーの副官達である騎士ジェシカ・ブレイクの槍が敵の肩や腕を鋭く切り裂き、弓騎士アイリン・ヴェイザーの弓矢がうなりをたてて敵の胸や足を深く突き刺した。
  他の騎士達も、左右に展開し浮き足立つファージ達を次々と打ち倒していった。
  マスターファージであるハイマンは死んだものの、彼の『引け』という命令は生きており、また襲ってくる騎士達があまりにも強いため、生き残ったファージ達は建物の内部へと急ぎ撤退をはじめた。
  メイマー達が玄関口のファージ達をひととおり全て始末した頃、ようやくミラン率いる後続部隊が追いついた。
  ミランは、玄関口で血の海に横たわる数十人のファージの死体を目にして目を見張った。
「こ、これは!たった10騎の兵力で見事なものでありますな……」
  普段、血を見慣れてないのか、ミランは思わずファージの死体から目を背けながらメイマーに賛辞の言葉を贈った。
  メイマーは肩をすくめて、やれやれと思いつつも、
「この程度、我らにかかれば造作もない。それより、我々が先行して活路を開くから、貴公の率いる部隊は奥から湧いて出てくるファージ達を倒しつつ前進してくれ。波状攻撃だ。
それから、わかっていると思うが油断するなよ?我々が目的としているのは、あくまでマスターファージ達の抹殺だ。ザコのファージ達にかまっている余裕はないのでな、とりこぼしはミラン殿率いる後続部隊に相手をしてもらうことになる。この作戦は敵に反撃の機会を与えず、一気に攻め落とすことに意味がある。
いいかミラン殿、貴公も高貴なるウォルス人なら意地を見せてみろ。どこの馬の骨ともわからんファージどもに舐められんようにやってみせろ」
「う、うむ。了解した」
「それから、建物に火を放て。全焼させるつもりはない、敵を混乱させるためだ。中に入った我々まで焼き殺されてはたまらんからな?」
「わかりました、火を放つ加減を慎重にするよう指示しておきましょう。そして我らは背後からぐるりと建物をかこむようにファージを攪乱しつつ、メイマー殿の背後を守るように建物の内部に残っているファージ達を殲滅(せんめつ)していけばいいのですな?」
「そうだ。わかっているではないか」
  ミランは完全に目上からメイマーにものを言われているのに気付いていたが、ここまで成果を出されていては、あれこれ口を挟むのは忍びなかった。火を放つ作戦も予定になかったが、戦闘のプロであるメイマーが言うのだから仕方ない。
  それに、初めての実戦を目の当たりにして、ミラン自身動揺しているのも事実なのだ。
  そんなミランを横目に、メイマーは半ば呆れながらも仕方ないことだと思っていた。
“これだから血を見たことのない人間はかなわん。アテになりそうなのは、やはりミランに貸し与えた40人のシーガイア神聖騎士団達といったところだな……”
  メイマーは剣を掲げ、配下の10名の騎士達に向かって再び叫び鼓舞した。
「よし、我に続けッ!狙いはマスターファージ達だ!特にここの最高責任者であるマルティム・ボルマンを仕留めた者にはゼノラー王子から特別の恩賞があるとのお達しだ!ぬかるなよッ!」
「おおーッ!」
  騎士達の呼応と共に、メイマーは建物の奥からわらわらと迎え撃ってくるファージを蹴散らしながら、再度配下の騎士を率いて国土監査局の内部に突貫した。
 

「松明の火が見えなかったのかっ!黙って見ている暇などなかったはずだ!じきにここも打ち破られてしまうではないか!」
  国家監査局本部の最上階の部屋では、最高責任者であるマルティム・ボルマンが机を拳でダンッと叩き付けていた。
  ボルマンは赤毛だが、前頭部が見事に禿げあがっている。また、髭が口から顎、さらには頬まで埋めている。
  だが、焦燥のためか顔色は蒼白で、目は血走っていた。
  ボルマンの前で片膝をついてひざまづいていた幹部のマスターファージは、さっきから憤るばかりで何もしないこの無能な上官に苛立ち、半ば怒声に近い声で叫んだ。
「百姓の暴動とは訳が違います。敵は組織戦をやっています!」
  建物に火を掛けられたことが、彼らに、想像以上の敵の侵入があると思わせたのである。
  最初は単なるエッセネ民衆の暴動かと思っていたが、組織的な戦闘を仕掛けられるとは想像していなかったのである。それが、火を放ち、シーガイア神聖騎士団を味方につけ、建物の背後にまで兵を展開していたという驚きに、ファージ達は浮き足立っていた。
“ゼノラーめッ!クズどもに余計なことを吹きこみおってッ”
  ボルマンもゼノラーから多額のワイロを受け取っていた一人だ。この4年間、ゼノラーから受け取ったワイロの総額はおそろしい額にのぼる。
  だが、忌々しいことにその事実がボルマンに『逃げる』という選択肢を完全に封じていた。
  普通にファージとして捜査していたなら、ゼノラーが何か組織作りをしていた事実には気付いたはずである。
  それが『ワイロを受け取っていたので黙っていました』という事が発覚すれば、どの国に亡命しても処刑はまぬがれないだろう。
  焦燥と混乱が頭の中をぐるぐると駆けめぐり、ボルマンはうずくまって頭を抱えたかと思うと、急にガバッと目を輝かせてこんなことを言い出した。
「そうだ、騎馬隊を出した方がいい!数をそろえられないのか!?」
  幹部のマスターファージは一瞬、この男はバカかと思った。
  だが、ボルマンが相当錯乱しているのは幹部の目から見ても明らかなので、とりあえず現実に引き戻そうと必死になった。
「ですからッ!さっきから申し上げているとおり、建物はすっかり敵にかこまれているのですよ!?それに、そんな騎馬隊の数はありません!ボルマン閣下、失礼ですが目の前の現実を見て下さい!敵は既に建物内部に侵入しております。閣下自ら戦闘指揮をとってもらわないことには、統制がとれず、敵を迎え撃つ事ができませんッ!」
  マルティム・ボルマンは確かに優秀な指揮官とはいえない。むしろ逆の部類だろう。
  だが、ボルマンがマスターファージである以上、武芸の心得だけはかなりのものであるというのが唯一の取り柄といえた。
  このような時の方法は、ただ一つである。
  総指揮官が自ら敵を阻止して、全面に向き直らないかぎりは、動揺したファージ達を押しとどめる事はできない。だからこそ、ボルマンには前線に出て指揮を執って欲しいのだ。
  それが幹部のマスターファージが下した結論である。
  だが、それももう遅い。
  先程から、下士官のファージのものとおぼしき悲鳴が扉越しにどんどん近くなってきている。
  無駄な議論に時間を費やしたあまり、敵はついに最上階のこの部屋にまで迫ってきていたのだ。
“ボルマンめ、いっそ敵に引き渡してやろうか”
  幹部のマスターファージは一瞬腰の剣に手をやり、そう考えた。
  だがそれも無駄な事だろう。
  自分もマスターファージである以上、いくらボルマンを突きだしたところでタダで済むわけがない。それに、彼さえもワイロを受け取っていた一人なのだ。
  ついにボルマンの部屋の扉をバンッバンッと蹴り上げる音が響きだした。
  幹部のマスターファージは、ふうっと溜息をつき腹をくくった。
「ボルマン閣下、そろそろ覚悟を決める時のようですな」

 メイマーが最上階のドアを乱暴に蹴破ると、そこには壮年のマスターファージと、頭の禿げあがった初老のマスターファージの二人が剣の鞘に手をかけて構えていた。
  ここに来るまで斬り殺してきたファージ達の返り血にまみれたメイマーはにやりと笑うと、
「そこのハゲ。貴様がマルティム・ボルマンだな?」
「くっ……」
  ボルマンは侮辱の言葉に顔をゆがめたが、一歩後ずさることしかできなかった。メイマーから発せられる圧倒的な達人の気迫を感じ取ったからだ。
「フン、部下のファージ達をアテにしてるのならここには来んよ?私の部下達とエッセネの民衆達が足止めしているからな。ここには私とお前だけだよ、ボルマン」
  どうやらメイマーの眼中にはボルマンしか目に入ってないらしい。
「――前々から我慢できなかったよ。我々高貴な血筋たるディープ・ウォルス人が、穢(けが)れきったバリア人の貴様に支配されていたとはな。絶対にあってはならんことだった。屈辱の極みだよ。酸鼻だよ。ザフネス神と巫女王ゼノビアの意志に背くことだ。畏れ多いことだ……」
  メイマーは顎をしゃくって、二人を見下ろすようにゆっくりと怨嗟の言葉を口にし始めた。
  ボルマンには何のことか訳がわからなかった。
「な、何を言っている……?」
「血の話をしているッ!」
  メイマーの恫喝が部屋中に響き渡った。
「腐りきったバリア人が……本来ならば耳と鼻を削ぎ、目をくり抜いてさらし首にしても飽き足らんところだが、ゼノラー王子の命令だ。きれいに殺してやるよ。きれいにな……」
  メイマーは言い終わると、右手に持った剣と対になっている左の鞘からもう一本の剣をスラリと引き抜いた。
  二刀流である。
  メイマーは、両手に一振りづつ握っている白銀の剣をゆっくり左右に広げ、妖しい光をきらめかせた。彼女自身の顔が返り血で真っ赤に染まっているだけに、なおさら恐ろしい雰囲気が発散されている。
  その光景はゾクリとするほど二人の背筋を凍り付かせた。
「貴様をこの手で殺せるなんて夢のようだよ、ボルマン……」
  メイマーはうっとりとした口調でゆっくりと二人の方へ近づいてくる。
  コツリ…コツリ…
  それは二人にとっては死神の足音のように聞こえた。
「デアーッ」
  幹部のマスターファージは、恐怖を怒りに変えることでメイマーに斬りかかった。
  瞬(まばた)きほどの瞬間だった。
  二つの白刃の閃光が蛇のようにからまったかと思うと、マスターファージの体は、まるで真空のかまいたちに襲われたかのようにバラバラに寸断され、ドシャアッという音とともに床は血と内蔵の海と化した。
「ヒッ!ヒィーッ!」
  あまりの残虐非道な殺し方を前に、ボルマンはこの上なく情けない声を出して後ろに飛びのき、その衝撃でしたたか腰を机に打ちつけた。
  机の上の書類やワイングラスが床に散乱する。
  上顎と下顎がうまく噛み合わず、ボルマンは顔面を蒼白にしてカチカチと歯を鳴らし始めた。
  もはや、ボルマンは完全に戦意を失うどころか、子リスのように怯える事しかできなくなっていた。
  メイマーは、血にまみれた剣をビュンッと振った。
  剣にへばりついていた内蔵が、石の床に鈍い音をたてて落ちる。
  マスターファージを細切れにして惨殺したにもかかわらず、メイマーは無表情そのもので剣先をボルマンの方に向けた。
「抜け」
  抑揚のない声でポツリと言う。
「へ……?な、なにをですか?」
  ボルマンの媚びへつらったような口調は、メイマーの神経を逆に逆撫でしたのか目の下をビグッと痙攣させたが、即斬り殺されることはなかった。
「貴様もマスターファージの端くれだろう?せいぜい最後にあがいて見せろ。情けない最後を存分に楽しんだあと、殺してやる。チャンスだぞ?今の私は戦いの連続で疲労している。そのお前に最後の機会をやろうというんだ」
  メイマー・ザウドニックという女は、完全にバリア人という人種を人間として見てなかった。
  バリア人というからには、これから殺される人間の尊厳とか、騎士としての情けなど概念の範疇にある。赤ん坊でさえも笑いながら殺せる自信がある。
  そんな女なのだ。
  だが、そういった事を、バリア人であるが、20年もの間、エッセネのマスターファージとしてふんぞり返ってきたボルマンには想像もつかない。
“この女、どういうつもりなんだ?さっき血統の話がどうとか言ってたな?シーガイア王朝の残党騎士となるとバリア人差別主義者か!?だがそれならバリア人であるわしをとっくに虫ケラのように殺しているはず……”
  ここにきて、生への執着にしがみつくボルマンは必死で頭を回転させ始めた。
“そうか!シーガイアの差別主義者といってもいろいろあると聞く。ここで下手に媚びへつらうより、潔く騎士道精神を見せれば、あるいは見逃してくれるかも!”
  先程からのメイマーの言動から、どうしてそのような結論が出るのか謎だが、ボルマンはこのわずかな光明にすべてを賭けるつもりになった。
「わかった、そこまで言ってくれるなら、このマルティム・ボルマン、相手をつかまつろう」
  ボルマンはうって変わったように、毅然と胸を張り、顔面を引き締め、剣の鞘に手をかけた。
  まるで態度が変わったボルマンを前に、メイマーはフッと冷笑してみせた。
“よくもまあ、呆れたものだ。阿呆の見本のような男だ。騎士ベストン・クリューガーよ、やはりあなたの教えは正しかった。バリア人は己の保身のためなら人間の持つ尊厳も何とも思わない、この世のダニだということが……”
「どうした?かかってこぬなら、こちらからいかせてもらうぞ?」
  子リスのように震えていたボルマンの口調は、今や挑発的ですらあった。
「ああ、どこからでもかかってくるがいい。ほら、この首筋を狙えば一撃だぞ?」
  メイマーは首を斜めにし、頸動脈の浮かぶ筋をボルマンの方に向けてトントンと叩いてみせた。
「では、いざ参るッ!」
  そう叫ぶと同時に、ボルマンは抜刀した。
  次の瞬間、ボルマンの首は胴と離れ宙に浮いていた。
  ボルマンが抜刀した際に、メイマーの剣が一閃し彼の首を切断していたのだ。
“あ…れ……?”
  それがマルティム・ボルマンの最後の意識だった。
  床に転がり落ちたボルマンの首をボールのようにグイッと踏みつけながら、メイマーは笑いをこらえるのに必死だった。
「ほら、きれいに殺してやると言ったろう?ダニにはダニらしい滑稽な最後をな。ククク……」
  メイマーは、ボルマンの首を触るのも汚らわしいと思ったが、この首がなくてはゼノラーに対して証明ができないので、我慢することにした。前頭部が禿げあがっているとはいえ、僅かに残っているボルマンの頭髪を掴み上げた。
“さて……と、ミラン殿はうまくやってくれているかな?”
  まあ大丈夫だろう。
  多少はミランにも手柄を立てさせてやるのが、うまく付き合っていくコツだ。
  メイマーはそんな事を考えながら、ゆっくりと部屋をあとにした。


「おお、メイマー殿!無事でありましたか!」
  ミランは両手を左右に広げて、玄関口から馬に乗って出てきたメイマーの無事を歓迎した。
  メイマーは馬上からぐるりと周りを見渡す。
  どうやらミランはうまくやってくれていたらしい。すでにエッセネ民衆とシーガイア神聖騎士団達は炎によって焼き出されたファージ達を追い詰めていた。深手を負ったファージ達は武器を奪われ、捕虜同然のようにその場にへたりこんでいた。蜂起軍の民衆は、ほっと一息ついていたところだったのだ。
「ン…。ミラン殿達もうまくやってくれていたようだな。おかげで我々も簡単にカタがついた」
  メイマーは世辞を言いながら、ボルマンの首をミランの眼前に突き出した。
「そ、それは、マルティム・ボルマンの首!」
  ミランは大きく目を見開き、感嘆の声をあげた。
「ああ、そうだ。すまぬが、誰かに持たせてくれないか?手が汚れるんでな」
  メイマーにしてみれば、ボルマンの首などは汚物と一緒で、もう一刻も長く持っていたくなかったのだ。
「は、はあ。それでは私が」
「いや、ミラン殿はウォルス人だ。誰か適当なアヴェレスト人か、カルム人の者はいないのか?」
  ピシャリと言ってのけるメイマーに、ミランは半ば困惑の色を浮かべた。なんでそんなにこだわるのだろうという素朴な疑問だ。メイマーという騎士は差別主義者とは聞いてはいたが、この潔癖さは尋常ではないと感じる。
「は、はあ……それはもう。おい!誰か!」
  ミランは傍に栗色の髪をしたカルム人の兵を呼ぶと、ボルマンの首を持つように命じた。
「しかし、やりましたな!この首さえあれば、残ったファージどもも戦意を喪失して我らに投降するでしょう!」
  目前に迫った勝利にミラン目を輝かせ、歓喜に打ち震えた。
  だが、そのミランの感情の動きを素早く見て取ったメイマーは冷酷な目でぎろりと睨んだ。
「投降させる?冗談はよせ。ファージどもは一人残らず殺す。今まで我々シーガイアの末裔達を踏みにじってきた報いだ。最後の一人まで徹底的にな」
  メイマーは吐き捨てるように容赦なく言った。
  一瞬、唖然とした表情で馬上のメイマーを見上げたミランだったが、すぐに悲しそうな表情で首を左右に振った。
「メイマー殿……失礼ながら、貴女は興奮なさっておられる。ゼノラー王子のご命令をお忘れか?ここで我らがファージを皆殺しにしてしまっては、我らに正義はなくなる。ファージにも一人一人事情がある。妻子もある。そういった事を忘れてもらっては困りますな。今まで我らを踏みつけにしてきたファージを憎む気持ちは、私とて同じです。が、悲しいことに彼らも人間なのです」
「しかしな……」
  あくまで引き下がろうとしないメイマー。
  その時、メイマーの副官であるアイリン・ヴェイザーがミランとメイマーの前に駆けつけ、片膝をつき頭を垂れた。
「メイマー様、ミラン殿の言うとおりでございます。我らシーガイアの者が味わってきた屈辱など、ゼノラー王子の理想の前では微々たるもの。口惜しいでしょうが、ここは抑えて下さいませ」
  言い終わると、アイリンは頭を上げて真剣な目つきでメイマーの瞳を見据えた。
  アイリンのあまりにもまっすぐで、真摯な目に冷静さを取り戻したのか、
「!……そうか、アイリン……わかった」
  メイマーはそう呟くと、馬から降りた。
「ミラン殿、少々気が立っていたようだ。無礼を許して欲しい」
  そう言うと、メイマーはミランに向かって軽く頭を下げた。その様子を見て、ミランは微笑をもって返した。
「いえ、戦場で気が高ぶるのは当然のこと。私は、わかってもらえればいいのです。では、ボルマンやマスターファージ達の首は使わせてもらいますぞ?私がウォルス人といえど、指揮官である私が持たんことには話になりませんからな」
  同じ指揮官であるメイマーに持たせるなどは論外であるというのは、すでにミランも学習していた。
「ああ。手数をかけてすまない」
  ミランは、槍の穂先にボルマンの首を刺した。これだけでもメイマーにはやりたくない仕事だろうと容易に察しはついた。
  ミランの部下達にもマスターファージ達の首を槍に突き刺ささせると、彼らは一斉に騎乗し、槍を掲げた。
「ファージ諸君!諸君らの指揮官、マルティム・ボルマンの首及びマスターファージ達の首は、我ら蜂起軍が討ち取った!武器を置き、すみやかに投降せよ!ゼノラー王子の庇護のもと、悪いようにはしない!」
  ミランは腹の底から精一杯叫んだ。
  その言葉を聞いた生き残りのファージ達は、お互いに青い顔を見合わせた。捕虜同然となったファージ達は自らの思いを口にする。
「おい、ボルマンがやられたってよ!?」
「俺達、どうなっちまうんだ?袋だたきにあうんじゃねぇのか?」
  ファージの一人が泣きそうな声で言う。
「いや、そうでもないらしいぜ。他の陥落した国土監査局から逃げ帰ってきた奴の話によると、ゼノラー王子がリンチを決してやらないよう厳命してるって話だぜ」
  そのファージが語った意外な事実は、他のファージの注目を集めた。
「マジかよ?あのゼノラー王子が?」
「馬鹿野郎、ゼノラー王子だからこそ説得力があるんじゃねぇか。エッセネがここまで復興したのはゼノラー王子の力なんだぜ?」
「しかしよぉ……」
「四の五の言ったってはじまらねえ。俺は投降するぜ。無駄な抵抗をしてブチ殺されるよりマシだからな」
  一人のファージが思い切って立ち上がった。投降する気なのだ。
「お、俺も!」
  一人のファージの思い切りは、他のファージ達にも伝染し、皆両手を上げ、降伏の意を表明した。
  その様子を見て、ミランはほっと溜息をついた。
  建物に放たれた炎は、だんだん勢いを増して大きなものとなっていく。その炎を見つめながら、ミランは呟いた。
「まだまだ建物の内部にもファージが残っているはずだ。焼け出されたところを、今のやり方で戦意を喪失させ、降伏させるのだ。この勝負、我らの勝利だ!」
「ハッ!」
  ミランの部下は実直な返事を返した。
  国土監査局本部を焼く炎の勢いはどんどん増し、ミランはそれを見ながらやっとこのエッセネにも解放される日がくるのだと心躍らせていた。
「ゼノラー王子……エッセネの解放は成りましたぞ」
  炎はますあます激しくなり、紅蓮の赤に焼かれるエッセネ公安委員会の拠点を、ミランはいつまでも見つめていた。





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