第30章 真実と虚構の狭間で

 ゼノラーがしたためた演説草稿からの抜粋。
『……私は、偉大なる賢王ゴルベリアスの魔法によりこの時代へと送り込まれた。この時代で行っている私の間違いを、私自身が正すためである。マグスである賢王ゴルベリアスには予知能力があり、近い将来、私リューベン・スターロードがファルコン半島を破滅に導くと見抜いていたのだ。賢王ゴルベリアスはその事実に非常に心を痛め、憂いていた。そこで賢王ゴルベリアスはその強大な魔力によって、私を「善の心体」と「悪の心体」に分裂させ、善の心体を持った私をこの時代に送り込んだのだ。
私はこの時代に来て痛切に感じた。現在の新生ファルコン共和国と、その中心であるクルトニア王国は腐敗、堕落の極みで、人間が人間らしく生きることができない地獄のような時代であると。私は、この事実をかいま見せてくれた賢王ゴルベリアスに感謝する。彼の意志を継ぐためにも、私はこの時代を支配しているリューベン王に対して正義の鉄槌をくだす事を決意した!未来の私が犯した間違いは、私自身で決着をつけたい。ただ、そのためには、ここに集まってくれた勇猛果敢なる諸君らの力が必要である。諸君っ!この暗黒の時代を滅し、新しい時代を拓くため、どうか私に力を貸して欲しい!諸君らの力を借り、見事リューベン王を倒した暁には、私、リューベン・スターロードは使命を終え、天に召されることであろう……』

「なんだこれはっ!?」
  リューベンは、草稿を最後まで読み終えるまでもなく、驚愕のあまり腰掛けているソファからひっくり返りそうになった。
「よくできてるだろ?けっこう時間がかかったんだ」
  ゼノラーは、得意げな口調で机に備え付けられている椅子をギシッといわせ、口にくわえたパイプからゆったりと煙を吸い込み、フーッと紫煙を吐き出した。
  ここはヴァレンタイム城。
  20年前の戦争で廃墟同然と化したヴァレンタイム城だったが、かつてのエッセネ太守ダッハーマ・グロスが己の快適さを求めて城の内部だけを改築していた。おかげで、新品同然の窓からは爽やかな朝日がたれこめている。ゼノラーやリューベンの使っている部屋や家具も、元々はグロスのものだ。
  今日もゼノラーは茶色の礼服にキチッと身を包み、パイプの煙をくゆらすのを楽しみながら、机の上に置かれた紅茶をゆっくりと口元に運んでいる。昨夜の蜂起軍の大勝利によほど満足しているのか、リューベンから見ても今のゼノラーはとてもリラックスしてるように見えた。
  対するリューベンは、まだ昨夜の緊張が抜けきれておらず、身につけているものも堅苦しい白い詰襟服といった格好だ。
「馬鹿馬鹿しい!事実と全然違うじゃないか!それにこれでは私がゴルベリアスの下僕か手先のようではないか。なにが『偉大なる賢王ゴルベリアス』だ!だいたい、こんな薄っぺらい言葉で民衆を騙せるか!内容も何もなっちゃあいないっ!」
  あまりの事実の改ざんによほど頭にきたのか、リューベンは顔を真っ赤にして草稿をゼノラーの眼前に突きつけた。
  しかし、ゼノラーは少しも動じることなく、咥えたパイプを口元から少し離して、椅子に深く腰掛け言い放った。
「事実?そんなものはどうだっていい。人間ってのはな、一人ではあれで結構賢い生き物なんだが大衆になった途端にバカになる。それでいて大衆ってのはなかなか理解せず、すぐに忘れちまう。こういう単純明快な言葉のほうがしっくりくるんだな。そういうもんだよ」
  そう言いきって、またゼノラーは口に含んでいた紫煙をゆったりと吐き出した。
「誰の言葉だ?お前の言葉じゃないんだろ?」
  あまりに流暢な持論を展開するゼノラーに他人の気配を感じ取って、リューベンはそう問うてみたのだが、その言葉を受けたゼノラーは少し不機嫌そうな表情を見せた。
「ン……まあ、親父(おやじ)とお袋ががよく使ってた手ではあるな」
「私とレティシアが?」
  リューベンは眉をひそめた。自分自身に、こんな演説の小細工をしたような記憶がなかったからだ。
「自分のことなんだろ?記憶にあるはずだ」
  ゼノラーの言葉を受けて、リューベンは少しずつ記憶の糸をたぐりよせていった。すると、おぼろげながら思い当たる節があった事に気付いた。
「……私がファルコン自由解放同盟の兵士達を鼓舞する時に使っていた演説の草稿は、ほとんどミュッセレティシアの手直しが入っていた……私自身の言葉じゃない事まで……」
  ゼノラーは我が意を得たりといった感じで、にやりと口元に笑みを浮かべた。
「ハハーン、お袋とミュッセは演説の重点(ポイント)を心得てたとみえるな。それをあんたが受け継いで、更にそれを息子である俺が受け継いだ。で、その演説術で鼓舞されたエッセネルーヴェルラント王国の民衆にミュッセは殺されるってわけだ。こいつぁ傑作だ。うまくできてるじゃないか」
  おかしくてたまらないように笑うゼノラーだったが、対するリューベンは真剣そのものといった目つきである。
「……ゼノラー、私との約束を忘れてもらっては困る。ミュッセは生かして私と引き合わせてくれると約束したはずだぞ!」
  声音からリューベンの剣幕が本気のものであると悟ったのか、ようやく笑い止んだゼノラーは服のシワを整え、パイプを机の上に置き、改めてリューベンの方に向き直った。
「そりゃ、もちろん忘れちゃいないさ。がね、エッセネの民衆もルーヴェルラント王国の民衆も、ミュッセ・リガンスタインの非道なやり方には爆発寸前のところまできていてな。できるだけ努力はするつもりだが、かなり危ないと言わざる得ないな」
  ゼノラーは、とんでもないことを平然とした口調で言ってのけた。
「そんなっ!それでは約束が違う!」
  リューベンがこのクーデターに参加したのは、敵であるこの時代のミュッセからじかに話を聞いてみて、よりこの時代の現状を認識することが第一の条件だったはずだ。もちろん、ルーヴェルラント王国に捕らえられた恩人オリビアコリューンの事も忘れてはいないが、リューベンにしてみれば最優先の約束を今さら反古(ほご)にされてはたまらないのである。
「だから、できるだけの努力はすると言っているだろ。そのためにあんたの力が必要なんだ」
「私の?」
「そう。草稿にも書いてあったろ?あんたはゴルベリアスの魔法の奇跡の申し子なんだよ。武装させたエッセネ市民とシーガイア王朝の残党をかき集めて組織させたとはいえ、しょせんは寄せ集めの武装集団だ。ちゃんとした軍隊じゃない。あんたが蜂起軍の象徴として、偶像(アイドル)になりきって号令をかけてくれれば、士気ばかりでなく、蜂起軍全体が引き締まり、心がひとつになる。指揮官の言うこともちゃんと聞いてくれるようになる、という寸法さ」
「そううまくいくものか」
  リューベンは、ゼノラーの楽観論に呆れつつも、即座に一蹴した。
  かつてファルコン自由解放同盟の盟主であった自負が言わせることである。
  いとも簡単そうにゼノラーは言うが、人々の心がそう簡単に操れるものではないことであることを、リューベンは実体験として知っているつもりだった。
  しかし、ゼノラーはひるむことなく、椅子から立ち上がりリューベンの肩をつかんだ。
「うまくいかせるんだよ。俺達もできるだけ後ろに回って補助(バックアップ)するつもりだが、リューベン、蜂起軍の命運はあんたにかかっていると言っても過言じゃないんだ。ルーヴェルラント王国や他の国々とやり合うには、この蜂起軍をちゃんとした軍隊にしなければ話にならん。その鍵はあんたが握っているんだ」
「しつこいなゼノラー。それに、それはお前の仕事じゃないのか!?お前はエッセネ民衆からも、シーガイアの残党達からも絶大な人気があるじゃないか。私みたいな、どこの馬の骨ともわからないような奴の言うことなど、この時代の人々は聞いてくれるものか。それともわざわざこんな猿芝居をうってまで、士気を引き締めなきゃならないほど逼迫(ひっぱく)してるのか?蜂起軍は?」
  そう言いきって、リューベンは肩をつかんでいるゼノラーの手をふりほどいた。
  なかなか説得に応じないリューベンの態度に業を煮やしたのか、ゼノラーは再び椅子にどかっと座り込むと、しばし天井を仰いだ。
「……物分かりの悪い奴だな。さすがは親父といったところか……」
  独り言のように小さくそう呟くと、改めてリューベンの方に顔を向けた。その表情には、先程までとはうって変わって真剣なものが含まれていた。
「いいか、単に俺が出ていってエッセネ民衆の蜂起軍を鼓舞するのは簡単だ。しかし、シーガイアの残党達はそうはいかない。奴らは未だにマグスに対する信仰が強くて、俺でさえも手を焼いている。そこに『シーガイア王朝の王ゴルベリアスの魔法によって、若き日のリューベンがこの時代に降臨した』という事実を突きつければ、俺達に協力してくれる可能性は跳ね上がる。奴らの狂信的なまでの信仰を利用させてもらうのさ。そのためのゴルベリアスなんだよ」
  そのゼノラーの言うことは分かる。なにしろ実際にリューベン自身が時を越えたという奇跡を体験しているのだから、それを民衆や兵士達の扇動に利用しない手はないだろう。が、リューベンには以前から気がかりなことがあった。
「……前から気になっていたんだが、今日は言わせてもらう。お前はシーガイア王朝の残党の力を借りて、それでクルトニア王国に勝利するつもりでいるんだろうが、勝利をおさめた後、お前は彼らの望むものを与えることができるのか?彼らはザフネス教の狂信者なんだぞ?これが何を意味するのかわかっているのか?まさか勝利に目がくらむあまり、このファルコン半島に、またあの忌まわしいザフネス教をはびこらせるつもりなんじゃないだろうな?」
  その時、執務室の扉がノックされた。
  ゼノラーが「入れ」と応じると、一人の女性騎士が入室してくる。
  騎士ヴァハ・フレイムだった。
「リューベン、ゼノラー王子。準備が整いました。謁見用のバルコニーにお越し下さい」
「ああ、ご苦労」
「では、私は雑務がありますゆえ」
  ヴァハは軽く一礼して退出していった。
  ヴァハが部屋を退出するのを見計らうと、ゼノラーは先程リューベンが投げかけた疑問にすんなりと答えた。
「……その事については、ちゃんと計画してある。心配はいらない、いずれあんたにも話す。それより、もう謁見の時間だ。あんたは過去から持ってきた鎧を着てな。あんたは胸を張ってその草稿を読んでくれるだけでいい。あとは俺がうまくやってみせるから心配はいらない」
「ああ……わかったよ……」
  ヴァハの入室によってうまくはぐらかされてしまったが、謁見の時間が迫っているのでは仕方がない。この疑問は後回しにするしかなさそうだ。
  今は自分にやれるべきことに集中しようと思い、鎧の装着にとりかかるリューベンだった。


  従者に案内されて、リューベン達は城のバルコニーへとむかった。三層からなる城の二階には、かなり大きな謁見用のバルコニーがある。そこにリューベンとゼノラーが立つと、人々の歓声が響き渡った。蜂起軍1200人の武装した兵達の他にも、エッセネ中から集まった民衆が城の前に集まっていたのだ。そこは、地面が見えぬほどに人々で埋め尽くされていた。
  ゼノラーはゆっくりとリューベンの前に立つと、民衆に向かって緊張感あふれる声を高く叫び、演説を始めた。
「エッセネの民達よ。勇猛なる戦士達よ。諸君らは、己の信念を貫き通したが故に新生ファルコン共和国の傲慢な政策に踏みにじられ、今日までこの廃都エッセネで生きることを余儀なくされた犠牲者である!しかし、荒廃しきった廃都エッセネでは働けど働けど生活は豊かにならず、我々はドブネズミ以下の生活を強いられてきた。そして相も変わらず新生ファルコン共和国は、リューベン王の支配するクルトニア王国公安委員会の独裁下にあり、強引な国力増強政策と準鎖国政策を未だに続けている。
あえて言おう。現在の新生ファルコン共和国は、急速に死にかかっていると!
異を唱える者は粛正され、か弱き者は打ち捨てられる。このような悪逆非道な事がいつまでも許されていいものかっ!?
私は断言する!このまま放っておけば、遠からずファルコン半島全土がクルトニア王国の傲慢と腐敗によって破滅してしまうだろうっ!人々は飢え、苦しみ、暴力だけが支配する地獄のような世界がすぐそこまで迫っているのだっ!
だが、安心せよ。天は我らの願いを聞き届けてくださった。そして、一人の救世主をこの世に遣わされたのだ!
その救世主の名はリューベン・スターロード!
かつての偉大なるマグスにしてシーガイア王朝の王、ゴルベリアス・イレード王は時を越えさせる大魔法によって、若き日のリューベン・スターロードをこの時代に送り込み、現在の傲岸不遜なクルトニア王国に天誅を下さんと遣わされたのだ!
それでは紹介しよう。
我らが英雄にして奇跡の救世主、リューベン・スターロードをっ!」
  ゼノラーが言い終わると同時に、人々は熱狂的な歓声をあげてゼノラーとリューベンを迎え入れた。そしてゼノラーは身を引いて後方に下がり、リューベンの背中を軽く押した。
“ゼノラーは役者だ……”
  リューベンはそう感じた。そうでなければ、恐ろしく正確に計算だけで語ることができる天性の才能を有した人間だと思った。
  ゼノラーが早くしろ、と言いたげに顎をしゃくったので、リューベンは彼の書いた草稿を広げ、そこに書かれた文字を追うことに専念した。
『……私が20年前の過去からこの時代に時を越えてきたリューベン・スターロードである。私は、偉大なる賢王ゴルベリアスの魔法によりこの時代へと送り込まれ……』
  あまりといえばあまりだが、リューベンは最小限、目の前の草稿に書かれた文字を追うことだけにとどめておきたかった。草稿の内容があまりにもリューベンの体験してきた事実とかけ離れすぎていて、身が入らなかったともいえる。しかし、仮にもこれはエッセネ民衆や兵達を鼓舞する演説なのである。なるべく棒読みにならないよう、感情を込めるところは込め、緊張感を持続させるようには努めた。
  そして、演説も最後にさしかかった頃、草稿に記述されているとおりに聖剣オートクレールを鞘から抜き、天高く掲げてみせた。
『私は諸君らに自由と勝利、そして真の解放を約束しようっ!このクルトニア王家に伝わる至宝、聖剣オートクレールで、現在の腐敗しきったクルトニア王国の禍根を断つっ!それが私に与えられた最大の使命だからであるっ!そして、その使命を終えたときこそ、私は再び天に召されるであろうっ!』
  エッセネ民衆達及び兵達は一斉にうおーっと歓声をあげ、その声は天にも届かんばかりであった。
「救世主、万歳!」
「若きリューベン様の降臨を祝して!」
「マグスの奇跡だ!」
  口々に人々がリューベンにむかって叫ぶ。その圧倒的な熱狂は、大きな波となってリューベンを押し包んだ。
  一方、リューベンにとっては複雑な心境だった。
  リューベンにしてみれば、つい数日前、自分が討ち滅ぼした国の、しかもその敵国の王城のバルコニーで、蜂起の英雄として民衆と兵士達を鼓舞しているという、まったく奇妙極まりない経験をしているのである。
“……何の因果で、こんなことになってしまったのだろう……”
  心中は異様なわだかまりが支配していたが、それでも笑顔で大衆に向かって手を振らなければならないのが英雄というものだ。 リューベンはほほえみを絶やすことなく、民衆にむかって手を振っていた。
“私は、私という人間は一体何をしているのだろう……”
  その何ともいえない違和感は、バルコニーに立っている間、ずっとリューベンの頭にこびりついて離れようとはしなかった。
  リューベンの演説が終わり、人々の歓声が落ち着きを取り戻した頃、再びゼノラーが前に出て武装した兵達に向かって叫んだ。
「我々は明朝、ルーヴェルラント王国にむけて出立するっ!栄光ある十二神将の名を騙る偽善者ミュッセ・リガンスタインを討ち倒し、ルーヴェルラント王国を解放するためである。その後、打倒クルトニア王国の目的をもって戦いにのぞむ。いいな!
そして以後はッ!
この蜂起軍は単なる武装市民の集団ではないっ!軍隊と思え!私、ゼノラー・スターロードが総指揮官だ。これからは組織の名を『エッセネ蜂起軍』と正式に改めるっ!」
「うおーっ!エッセネ蜂起軍万歳!」
  人々の間から歓呼の声が、怒濤のようにあがった。それは、右から左に、左から右にとゆれた。
「若きリューベン・スターロードもまた、我々の同志だ!リューベンを侮蔑する者は、軍規違反者として処罰する。リューベン・スターロードをエッセネ蜂起軍の将軍と思えっ!!」
「うおーーッ!!」
  ゼノラーは、その群衆の歓呼の声の波を体の正面で受けながら、全て思った通りに事が運んでいるのを確信した。
  リューベンは、全身で民衆の歓声を受け止めているゼノラーの後ろ姿を見て、なんともいえない感慨にふけっていた。
“こんなもので民衆とは納得するものなのか……ゼノラーには人を動かす才能がある。私がファルコン自由解放同盟の盟主をやってこれたのも、結局はミュッセとレティシアのおかげだったというわけか……”
  ゼノラーの才覚に特に嫉妬していたわけではないが、なぜかリューベンは無意識に拳を固く握りしめていた。


「あれが若い頃のリューベン王だって、信じられます?」
  周囲の歓声の中、メイマー・ザウドニックの方を振り返ったジェシカ・ブレイクは、少しおどけた口調で謁見用のバルコニーに立つリューベンを指さしてみせた。
「さあな……私は、リューベン王の顔については肖像画でしか見たことがないから、どうも言えんよ。むしろ、何で周りの俗物どもがこんなに熱狂してるのか、私にはわけがわからん」
  メイマーは腕を組んだまま、冷ややかにそう言った。
「しかし、彼はクルトニア王家に伝わる神器、聖剣オートクレールを持っていましたよ?」
  そう口を挟むのは、メイマーの副官アイリン・ヴェイザーだ。
  二十歳そこそこの美しい女性で、背は低く、一見しただけでは騎士の称号を得ているとは思えないほど華奢な体付きだ。そんな彼女が得意とするのは、やはり剣や槍ではなく弓であった。今では普通の弓も石弓も使いこなすシーガイア神聖騎士団随一の狙撃手である。
「相変わらず呑気な奴だな、アイリン。あの剣がまがいものだという疑いをどうして持てないのかねぇ?」
  ジェシカが嘲笑するようにアイリンの方を一瞥した。しかしアイリンは引き下がらずに反撃する。
「けれど、あのリューベンの面差しも肖像画で見たリューベン王とそっくりだったわよ?」
「あのな、アイリン……」
「やめよ」
  二人の言い争いに、メイマーの鋭い一言が切り込んだことで、二人は硬直したように黙り込んだ。
「どうせ後でリューベンとは会うのだ。その時ゆっくり偽物かどうか観察すればいいさ。もし本物のリューベン・スターロードならば、我らシーガイア王朝の末裔にとっては憎き仇ということになる。しかしゴルベリアス様の魔法によってこの時代に送り込まれたというのが真実であれば、興味のある話ではあるな……」
  20年前は幼かったとはいえ、メイマーはシーガイア残党の中でもゴルベリアスと頻繁に会っていた数少ない生き残りの一人である。リューベンが偽物ならば、いくらか質問を投げつけることで、一発で見抜ける自信があった。


「ふうっ……」
  リューベンは執務室に帰ってくるなり、鎧姿のままソファにうずもらせるようにして腰を降ろし、足を投げ出した。
「疲れただろ?」
  ゼノラーは机に備え付けられた椅子に腰を降ろしながらそう聞いてきた。
「ああ……なんていうか、普通の演説とは違うんだよ。演説だけなら、20年前の世界でも、かなりこなしてきた。しかし、なんていうんだろうな……違和感みたいなものが体にまとわりついてな」
「違和感?」
「……ああ、お前には説明してもわからないか」
  それはそうだろう。
  ゴルベリアスを倒すために、王都アストレーゼで繰り広げられた阿鼻叫喚の地獄絵図。そして、このヴァレンタイム城に突入したときのあの身を切るような緊張感。それらを、経験もしていないこの時代の人間に言葉で説明しようとしても無理な事だと思い当たっていた。
「リューベン、悪いんだが、もうひと働きしてもらうぞ」
「冗談はよしてくれ。慣れない演説で、もうヘトヘトなんだ」
「いや、大したことじゃない。昨夜の一斉蜂起で国土監査局の本部を占拠してくれた仲間達に、あんたを紹介するのと、今後の蜂起軍の戦力についてシーガイア神聖騎士団の連中と交渉するだけだ。なに、あんたはちょっとした挨拶だけをしてくれればそれでいい。少し長丁場になるかもしれんが、辛抱してくれ」
「シーガイア神聖騎士団の連中が?それで、その御仁達はいつ来るんだ?」
「そろそろなんだが……」
  ゼノラーが言い終わらぬうちに、執務室の扉がノックされた。
  リューベンは慌ててソファから立ち上がり、ゼノラーは扉を開けた。
  訪ねてきた客は、壮年の上品そうな貴族が一人と、女騎士の3人組であった。
「ミラン男爵、聖騎士ザウドニック、騎士アイリン、騎士ジェシカ、よく来てくれた。心より歓迎するぞ。さあ、どうぞ掛けてくれ」
  ミランはゼノラーの快い出迎えに微笑をもって返した。
「これはゼノラー王子。恐れ入ります」


  城にいる従者に茶を入れさせて、5人とも低いテーブルを挟み、向かい合うようなかたちでソファに座った。
「ほう、では国土監査局本部を占拠できたのは、シーガイア神聖騎士団の力が大きかったと?」
  ゼノラーはカップを口に運びつつ、感心したような口調で言った。
「いえいえ、大きかったというものじゃありません。ファージの攻撃をものともせず、あっという間に建物の内部に突入したかと思うと、数刻も経たぬうちに聖騎士メイマー殿が敵の総指揮官であるマルティム・ボルマンの首を持って来られた時には仰天したものです」
  ミランの賛辞の言葉に、彼の横に座っていたメイマーがうやうやしく礼をする。
「やはり、武装させたとはいえ、我々は武芸に関しては素人。その点、シーガイア神聖騎士団の皆様方は歴戦の勇士揃いでありますから、経験の差というものを痛感いたしましたよ」
「なるほど――ところで貴公ら二人は聖騎士メイマーの副官で、その働きも大きかったと聞いているが?」
  ゼノラーは、アイリンとジェシカに目を向けた。
「恐れ入ります、ゼノラー王子。わたくしは聖騎士メイマーの副官を務めております弓騎士のアイリン・ヴェイザーと申します」
「同じく、騎士ジェシカ・ブレイクと申します。ゼノラー王子とリューベン殿には是非一度おめもじ致したいと思っておりました」
  二人の副官は、かしこまってゼノラーとリューベンの方に体を向け、慎み深く頭を垂れた。
  アイリンと名乗った弓騎士は、小柄で華奢な体をした娘だった。体にぴったりとあった皮鎧が、彼女の体の輪郭をはっきりと浮き上がらせている。艶のある銀髪を後ろで束ね、青い鉢巻きをしているが、きりりとした眉毛と空色の瞳によく似合っている。
  一方の騎士ジェシカは、一見細い体をしているが、よく見るとそれは無駄な肉がついてない鍛錬されたものだと気付く。細くやや吊り上がった目に、顎先がとがっているため、全身から鋭利な印象を受ける女性だ。長く伸ばした銀髪は見事なものだったが、それを後頭部で無造作に一つにまとめている。
「このお二方も、お美しいのに似合わず相当な武芸の達人でしてな。まるで流れる清流のようにファージの攻撃をかわしながら、鋭い一撃を敵にお見舞いして次々と打ち倒していました――いや、それは華麗で見事なものでしたよ」
  ゼノラーはちょっと顎を上げたまま、ミランの話に聞き入っていた。
「そうか……ところで聖騎士メイマー、貴女(あなた)たちシーガイア神聖騎士団にはそれほどの力がありながらも、我らに協力してくれるというのか?」
  ゼノラーは、メイマーの方に向き直って改めて確認するように問うた。
「我らの悲願は、クルトニア王国に捕らえられたシーガイア王朝の君主である、シオン・イレード殿下をお救いすることです。それに、打倒クルトニア王国というゼノラー王子の理念は、強きをくじき、弱きを助けるという、とても貴(とうと)い理念だと先程の演説で私自身も大変感銘を受けました。私の率いるシーガイア神聖騎士団がお役に立つのでしたら、ご協力させていただきたく存じます」
「で?シオン王子を助け出した後、シーガイア王朝の復興でもするつもりか?」
  ゼノラーの真横にいたリューベンは、思わず口に含んだ茶を吹き出しそうになった。そこまで突っ込んだ話をここでするか、と思い一瞬ゼノラーの常識を疑った。だが、それはリューベンにとっても興味のある話ではあったので、あえてゼノラーを制することはしなかった。
「それは……我々はただの臣下に過ぎませぬから、シオン殿下のお考え次第です。しかし、シーガイア王朝を再興するのならば、本国であるリドル神聖国の承認をもらわなければなりません。私達の祖国は、一度敗れた国です。再興は難しいでしょう」
「ふむ、いい返事だ」
  メイマーの模範的な返答に対して、ゼノラーは薄く微笑を浮かべ、ソファに深く身を沈めた。
「……ところでリューベン殿、いくつかお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
  だしぬけにメイマーがリューベンに対して話を振ってきたので、リューベンは面食らった。横にいたゼノラーも、思わずリューベンの方をちらりと見たほどだ。しかし、その動揺を悟られぬよう、努めて冷静に対応してみせた。相手はシーガイア王朝残党の正統なる聖騎士である。油断はできない。
「何でしょう?」
「貴方(あなた)がゴルベリアス様の魔法を受けてこの時代に降臨したということは、リューベン殿はゴルベリアス様と直接対峙なさったわけですよね?」
「そうですが、それが何か?」
「その時のゴルベリアス様はどんなご様子でした?」
  この時点で、リューベンは確実にメイマーから疑いの目を向けられていることを、はっきりと自覚した。メイマーは、リューベンが偽物かどうか試しているのだ。しかし、先程の演説で大嘘をぶちあげた手前、口が裂けても本当の事を言うわけにはいかなかった。
 もし『ゴルベリアスの首を斬り飛ばしたら、いつの間にかこの時代に送り込まれていた』などと口走ったら、最悪その場で仇として斬り捨てられるかもしれない。いや、そうでないにしても、エッセネ蜂起軍とシーガイア神聖騎士団との武力提携の交渉の話は確実になくなってしまうだろう。
  相手はシーガイア王朝の聖騎士の娘だった女性だ。いわばかつてのシーガイア王朝の重鎮である。できるだけボロを出さぬよう、事実の部分だけは正確に告白しようと思い、リューベンは慎重に慎重を重ねて言葉を選びつつ答えた。
「……衰弱しきっているように見えました。確か賢王ゴルベリアスは20年前の時点で、60歳前後のはずでしたよね?私の目には90歳を過ぎた、老人のように見えました。まるで、何かに力を吸い取られたような、そんな印象を受けました……」
  これは事実である。
  確かに、ゴルベリアスと対峙したとき、彼は骸骨のようにやつれ果て、衰弱の極地にあるような姿がリューベンの目には強烈に焼き付いていた。
「そうですか。しかし、ファルコン自由解放同盟の盟主であった貴方が、ゴルベリアス様のことを『賢王』などと呼ぶのは、シーガイア王朝の末裔である私にとっては、失礼ながらかなり違和感を感じざるを得ないのですが?あなた方、ファルコン人にとってゴルベリアス様という存在は『魔王』と異名をつけるほど忌み嫌う存在ではなかったのですか?」
「……それは、賢王ゴルベリアスによる魔法の効果です。さきほどの演説でも話しましたとおり、決戦の折、賢王ゴルベリアスは、魔法によって私の心と体を『善』と『悪』に分けました。『悪』の心を持った私の体は賢王ゴルベリアスの首を斬り飛ばして殺害してしまいましたが、『善』の心と体を持った私はこの時代に送り込まれ、賢王ゴルベリアスがいかにファルコン半島の未来を案じていたか、この時代に来てみて痛感したのです。今では悪夢のような未来をかいま見させてくれ、教訓を与えてくれたゴルベリアスに敬意を表して、私はあえて『賢王ゴルベリアス』と呼ばせてもらっているのです」
  リューベンは、平静を装う一方、頭の中で必死にストーリーを組み立てながら、雄弁に語っていた。
“よくもまあ、即興でここまでペラペラと嘘が口をついて出るものだ”
  リューベン自身、自分の饒舌さに感心してよいものやら呆れてよいものやら、内心苦笑していた。人間、追い詰められれば、戦い以外でもかなりの底力を発揮するものであると実感した瞬間でもあった。あとはボロが出ないことを祈るばかりであった。
「では、今、ここにいるリューベン殿は、ゴルベリアス様の魔法によって人間の持つ『善』の心と体の部分のみを抜き出された状態にあるということなのですね?そして、現在クルトニア王国で独裁体制を敷いているリューベン王は『悪』の心と体を持った、もう一人のリューベン殿の権化であると?」
「その通りです」
  メイマーの確認するような口調に、リューベンは首を縦に振った。どうやら、この流のままでいくとボロを出さずに済みそうである。
  ところが、
「最後にもうひとついいですか?」
  メイマーがまた問いかけてきた。
“まだあるのか!?”
  元来、嘘をつくのが苦手なリューベンは、心の中で勘弁してくれ!と叫びたい衝動に駆られたが、ゆったりとかまえて応じるしかなかった。
「どうぞ」
「リューベン殿とゴルベリアス様は、同意の上で『善』の心と体を持ったリューベン殿をこの時代を選び、送り込まれたのですか?」
“また難しいことを聞いてくるな”
  リューベンは内心焦ったが、先程からついてきた嘘の話の流れを応用して答えてみせた。
「賢王ゴルベリアスと剣を交えている時に、私の心と体は二つに分離しましたから、完全に同意の上かどうか?と聞かれると自信を持って答えられません。ただ、『善』に分離させられた私の心と体の奥底から、今でも賢王ゴルベリアスの声が聞こえてくるのです。『未来の人々のために己を捨てて戦え!』と。私は、その賢王ゴルベリアスの言葉に従いつつ、自分の意志で息子であるゼノラーに協力し、剣を振るっているつもりです」
  メイマーはしばし瞼(まぶた)を閉じてリューベンの話に聞き入っていた。
“もし、メイマーがマグスの魔法に精通していたら終わりだ”
  リューベンの脳裏にそんな言葉がよぎった。心臓は早鐘のごとく脈打ち、リューベンは、外見は平静を装いながらも気が気ではなかった。時間にしてみればほんの数秒のことだったかもしれないが、リューベンにとっては永遠とも思える長い時間に思えた。
  そして、ようやくメイマーが目を開いた。
「……わかりました。これでようやく私のなかにあった疑問が全て氷解しました。――リューベン殿、私の質問の中にリューベン殿を疑うような内容があったことを深くお詫びいたします」
  そう言って、メイマーは深々と丁寧に頭を下げた。
「いえ、そんな。疑われるのは当然のことですよ。気にしないでください」
  もっと気の利いた応対をすればよかったのだが、今のリューベンにはそう答えるのが精一杯だった。今の彼の頭の中を支配していたのは、なんとかうまくメイマーの鋭い質問を切り抜くことができたという、その一点のみだった、
「私はシーガイア聖騎士の後継者として、幼い頃からゴルベリアス様に特に可愛がっていただきました。畏れながらゴルベリアス様のお人柄はよく知っているつもりです。質問に答えていただいたおかげでリューベン殿が正真正銘、ゴルベリアス様の大魔法によって、時を越え、この時代に送り込まれたことに確信が持てました」
「そうなのか、聖騎士メイマー?」
  幼き日を懐かしそうに語るメイマーに、ゼノラーは切りこむように問うた。
「はい。リューベン殿がゴルベリアス様の意志によってこの時代に降臨なさったのが分かった以上、聖騎士として、私の剣をゼノラー王子とリューベン殿に捧げ、忠誠を誓うと約束しましょう」
  メイマーは、背筋をピンと伸ばしたかと思うと、二人に向かって剣を捧げるかわりに、ゆっくりと格式にのっとったお辞儀らしきものをしてみせた。副官である二人の女騎士もそれにならう。
「そうか!我らがエッセネ蜂起軍にシーガイア神聖騎士団が加わってくれれば、戦力は何倍にもなる。心強い限りだ。聖騎士メイマー・ザウドニック、これからも存分に腕をふるって欲しい」
  強力な戦力が指揮下に入ったのが余程嬉しかったのか、ゼノラーは身を乗り出して握手を求め、メイマーも手を伸ばしてそれに応じた。
「ありがとうございます。これよりシーガイア神聖騎士団はゼノラー王子の指揮下に入り、この力の限り戦わせていただきます」
  一番の山場であったシーガイア神聖騎士団との交渉を終えた事に安堵したのか、ゼノラーはリラックスした様子で今度はミランの方に目を向けた。
「と、いうわけだミラン。――それで話は変わるが、お前には俺のいない間、エッセネの統治を任したいと思う」
「わ、わたくしめにですか!?」
  唐突な任命に、ミランは驚きの声をあげた。
「そうだ。我々エッセネ蜂起軍はこれからルーヴェルラント王国に攻め入る。人望も良心もあるお前なら、民も喜んで統治されるのを望むだろう。我々の後方支援と、補給線の確保もエッセネにいるお前に任せたいと思う。それにエッセネ公安委員会を潰したとはいえ、このエッセネはまだまだ荒廃している事には変わりない。これらをまとめ、実行できるには人材はお前をおいて他にいない」
「ハッ!ゼノラー王子がそうおっしゃるなら、このゼコビィ・ミラン、及ばずながら尽力させていただきます!」
  ミランは、ゼノラーに全幅の信頼をおかれていることによほど感銘を受けたのか、精一杯胸を張って、目を輝かせ、その充分な意気込みをみせた。
「うむ、頼んだぞ」
  ゼノラーはミランに握手を求める手を差し伸ばし、ミランはゼノラーの差し出した手を両手でがっちりと握りしめた。
「さあ、これで我々は心おきなくルーヴェルラント攻略にむけて出立できるというものだ」
  リューベンは、そう言うゼノラーの瞳から、信念に裏打ちされた力強さと野心に燃える炎を見た気がした。


  メイマーは執務室を辞した後、城の回廊を歩いていた。その歩幅は広い上に速く、後ろに続くアイリンとジェシカは早足で追いつくのがやっとなぐらいの速さだった。
「あれは本物だ」
  メイマーは歩きながらぽつりと呟いた。
「……リューベン殿の事ですか?」
  アイリンは、メイマーの呟きを聞き逃さず、すかさず聞いてみた。明らかにいつものメイマーとは違う。かすかに声が震えているのがわかった。
「そうだ。奴はゴルベリアス様が『転送の術』の使いすぎで衰弱しきっていた事まで知っていた。私も幼い頃、ゴルベリアス様が最後の力を振り絞り、『転送の術』でディール砂漠まで亡命させてもらった内の一人だ。王都アストレーゼが陥落寸前にあった時のゴルベリアス様は、すでに魔法の乱用のし過ぎで、まるで骸骨のようにやつれ果てた老人のようであった。
エッセネ民衆を鼓舞するために、ゼノラー王子が若いリューベン王に似た影武者を用意したとしても、現代の人間にそんなことまでを調べられるはずがない。それに、現代に伝わっているゴルベリアス様の肖像画は、全て年相応の全盛期の頃のものばかりなのだからな。リューベンが言っていた、心と体が『善』と『悪』に分かれたとかどうとか、そういった細部の事柄は確かめようがないが、奴がこの時代の人間でないことだけはっきりした」
  メイマーは完全に確信したような口調で、そう断定した。が、このような状況に対してどこかで興奮している自分も感じていた。そんな自分を軽薄でそそっかしいのではないかと感じてしまう。すくなくとも、人間が甘いのは確かだと思う。
「すると、本当にあのリューベンは過去から?」
  ジェシカは、驚嘆と畏怖の念がないまぜになったような声音で横から聞いてくる。
「おそらく、そうだろうな。だからこそ、ルーヴェルラント王国攻略にも力を貸すと約束した。だが、油断するなよ。リューベンに不穏な動きがあったら、すぐに私に知らせろ」
「はっ!」
  メイマーのささやくような、それでいて鋭い命令に、二人の女性副官は小さな声で即座に返答した。
  しかし、そういった命令を下したものの、メイマーの心中は複雑なものだった。
  4年前、ゼノラーに、エッセネ内でのシーガイア王朝残党専用のコロニー区を与えられたとはいうものの、長きに渡る荒廃した生活で、メイマーを含めた彼らシーガイア残党の不満と疲弊は限界に達しようとしていたのだ。
  今以上の好条件の地区をエッセネ内から提供してもらうために、ゼノラーに頭を下げるのも気が引けた。しかし、ちょうどその頃に、ルーヴェルラント王国攻略のため軍事的な協力を持ちかけられるという、いわば対等の立場に立てた事に、コロニーを仕切っているメイマーが内心ほっとしなかったといったら嘘になる。
マグスの魔法は不明な点が多すぎる。が、真相はどうあれ、今回の蜂起は我々シーガイア残党の者達の力を示す絶好のチャンスだ。あの青年には、せいぜい過去から来たリューベン・スターロードをやってもらうとして、その間に我々が力を手柄を立て、エッセネ蜂起軍を牛耳ることができれば、あんな若造、どうにでもなる”
  計画としてはそうなのだが、そんな姑息なことも考えなければならない自分に、メイマーは多少の情けなさも感じていた。
  こんな時、マグスの魔法に非常に造詣の深かったという父ヴェスターが生きていてくれたらと思うのだが、それはメイマーにとっては口が裂けても言えないことだった。


「それにしても、エッセネ蜂起軍とは聞こえはいいが、結局は名前が変わっただけで、ただの武装蜂起した集団の寄せ集めじゃないか。……一体、大丈夫なのか?」
ルーヴェルラント王国攻略のことか?」
  リューベンの投げかけた疑問に、パイプに新しい刻みタバコを詰めていたゼノラーは手を止めた。
「そうだ。お前の話によるとこの20年間、ルーヴェルラント王国はリドル神聖国の干渉も阻んできたのだろう?それは、このクーデター自体が隠密に事を運ばなくてはならないのだから仕方なかったかもしれないが、あんな兵力できちんとした勝算はあるのか?」
  ルーヴェルラント王国の首都アーモロートは、アストリア運河に浮かぶ水上都市であり、それ自体が堅牢な城塞都市となっている。そして、エッセネを除けば最もリドル神聖国の国境に近い国である。あれから20年もの間、数度にわたって強大な軍事大国であるリドル神聖国の干渉を退けているのであれば、ルーヴェルラント王国はそれなりの兵力と防衛力を持つに違いない。
  そして先程バルコニーでざっと見渡したところ、エッセネ蜂起軍はそれなりの修練を積んだ騎士や兵士もいるようだが、やはり正規の訓練を受けた軍隊には及ばないと見えた。結局は、寄せ集めの感は否めないのである。
「勝算は、ある。ルーヴェルラント王国内部にも、俺の同調者である貴族などが大勢いる。根回しは万全だ」
  ゼノラーはそう言い切ってパイプに火をつけ、口に咥えた。そのゼノラーの口調には、なぜか確固たる計画に裏付けされているであろう不動の自信に充ち満ちていた。
「しかし、いくらルーヴェルラント王国内に大勢の同調者を作っていたとしても、水上都市アーモロートを落とすには軍艦が必要になるんだぞ。そこまでの財力が今のお前にあるのか?」
「あるさ」
「……!」
  即座に返答したゼノラーを前に、リューベンは絶句するしかなかった。
「ルーヴェルラント王国はすぐに落としてみせる。このクーデターは迅速な攻略が命だ。俺の計画通りにいけば、2ヶ月以内にクルトニア王国に攻め入ってみせれるだろう。ルーヴェルラント王国攻略など、単なる足がかりに過ぎん。あんたも攻略戦に加われば、俺の仕組んだ仕掛けに驚くだろうよ」
  そう言ってゼノラーは呼吸をするようなゆったりとしたリズムで煙を吐き出し、白い歯を見せてニヤリと笑ってみせた。





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