第33章 戦闘、開始

――「ちちうえ、ぼくの事、嫌いになったの?」――
――「ザインッ!!貴様のせいでミューゼはッ!」――
――「父上、ネヴァンさんを流刑になどと!頼みます!やめてください!やめて……」――
――「アズライル……お前さえ……お前さえいなければッ!」――
――「俺がエッセネに追放!?どういうことだ!!どういうことなんだッ!?」――
――「ミュッセ……殺してやる!貴様だけは絶対ブチ殺してやるッ!!」――
――「父上っ!!母上っ!!」――



 気がついた時、ゼノラーの意識は現実に引き戻されていた。
“涙……?”
  どうやら夢のせいで涙を流していたらしい。夢の内容はおぼろげにしか覚えていない。ただ、とてつもなく不快な覚醒感であった。彼の見る夢は決まって悪夢ばかりだった。この世に生を受けて以来、彼にとって楽しかった思い出など、数えるほどしかなかったと言っていいのだから。
  ゼノラーは慌てて手の甲で涙をぬぐい、のろのろと顔を上げた。
  激しい頭痛をこらえて上体を起こし、辺りを見回すと、テーブルの上や床には空になった酒瓶が何本も散乱していた。どうやら、朝方まで酒を浴びるほど飲み、そのままテーブルに突っ伏して眠ってしまったらしい。
  ゼノラーは立ち上がろうとしたが、全身が重くだるく、思うように力が入らない。無理をして腰を上げると、途端に足がもつれ、ドスンと椅子にしりもちをついた。
  ゼノラーはちらりと壁に置いてある古時計を見た。時計の秒針は午前6時を指し示していた。
「くそっ、また1時間しか寝れなかったか!」
  心底いまいましそうにゼノラーは吐き捨てるように言い、テーブルを拳で乱暴に叩き付けた。
  ここのところ、持病の不眠が続いていたので、酒の力を借りて無理矢理にでも睡眠を取ろうとしたのだが、見事に失敗に終わってしまったようだ。
  リューベンには、持病の不眠のことも酒のことも知られたくなかったので、何かと理由をつけて昨夜は屋根裏部屋のベッドで寝てもらうように半ば強制的に勧めたのだが、その苦労も徒労に終わりそうだった。
“まったく、ざまぁないな……”
  もうしばらくすると、リューベンが起き出してくる時間だ。
  こんな体たらくをリューベンに見られるわけにはいかない――そのくらいのことを考える理性は残っていた。
  酒瓶を片付け、服も着替えて、何事もなかったように振る舞えばいいのだが、なぜか今のゼノラーにその気は起こらなかった。相変わらず全身がだるく、痺れるようだった。それもあるが、どうせいつかはばれる事なんだ、コソコソしてもしょうがない、と投げやりな気分だったといってもいい。ゼノラーは、椅子の背もたれに身を沈め、うつろな目つきでコチコチと時を刻んでいく時計の秒針を見つめていた。

 ほどなくして、鎧に身を包んだリューベンが階段を下りてきた。
  案の定、テーブルの上や床に散乱した空の酒瓶を目にして、リューベンは一瞬硬直し、目の前の光景が信じられないといった様子で目を丸くした。
「!?……なんだ、この有様は?……ゼノラー、お前……まさか飲んでたのか?」
「……ちゃんと指揮はとれる。心配ない」
  ゼノラーはぶっきらぼうにそう言うと、全身を覆う倦怠感にウムと力を入れて椅子から立ち上がり、新しい服に着替えるためクローゼットのほうに歩いていった。彼の着ている茶の軍服は、酒のシミで汚れ、昨夜からそのまま眠っていたせいでくしゃくしゃだった。
「指揮はとれるって……この量は尋常じゃないぞ」
  リューベンの言う事はもっともだった。量もさることながら、酒の種類はウィスキーやブランデーなど、アルコール度数の強いものばかりだったからだ。酒の味を楽しむ、などという目的で飲んでいたとは到底言いがたかった。
「うるさいな。指揮はとれると言っている。不満はないだろうが」
  その時、部屋の扉がノックされた。扉越しに女性の声が響く。
「ゼノラー王子。ヴァハです」
「入れ」
  ゼノラーがそう促すと、板金鎧に身を包んだヴァハが扉を開いた。が、部屋の中の光景を見るなり、ヴァハもリューベンと同じように目を大きく見開いて絶句し、その場に立ちつくした。
「指揮はとれるとかそういう問題じゃないだろう!今日がどういう日かわかっているのかっ!?」
  リューベンがゼノラーの肩に手をかけると、ゼノラーは力任せにその手を振りほどき、凄まじい形相で睨み付けた。
「うるさいっ!ゴチャゴチャ口を出すなっ!頭に響くんだよっ!」
「……っ!?」
  あまりのゼノラーの剣幕に、リューベンは言葉を失い一歩後ずさったほどだ。明らかにいつものゼノラーとは違う。ここはむやみに刺激しない方がいいとリューベンの本能が告げていた。
  ゼノラーは新しい木綿の肌着を着、毛皮の上衣を羽織った。そして、2人の方には目もくれず、机の上に置いてあった鉄の鎧を乱暴にひっつかむと、早足でそのまま外に出て行ってしまった。


「あいつ……どうしたってんだ?」
  リューベンは唖然としてゼノラーの後ろ姿を見つめていた。ゼノラーに力任せに振りほどかれた右手がまだじんじんと痛む。
「……また、始まってしまったのね……」
  ヴァハは、ゼノラーの後ろ姿を見送りながら、嘆息まじりの悲しげな声音でポツリと呟いた。普通なら聞き取れないほど小さな声だったのだが、リューベンはそれを聞き逃さなかった。
「『また始まった』?どういうことだ、ヴァハ?」
「…………」
  リューベンは慌ててヴァハに詰め寄ったが、ヴァハは目を横にそむけて押し黙ったままだ。
  だが、このまま放ってはおけない。リューベンにとってゼノラーという男は決して好感が持てる人間ではなかったが、指揮官であり、実の息子であり、仲間でもあった。そのゼノラーに何か明らかな異変が起きている。無関心であれというほうが、リューベンの性格からして無理な話だった。
  リューベンは、ヴァハの両肩をつかみ、さらに問い詰めた。
「なんで黙る?教えてくれ、ヴァハ!」
  ヴァハは相変わらず目を横にそむけたままだったが、絞り出すような声でようやく口を開いてくれた。
「……ここ最近、特にあなたが来てからはよく控えてくれていたんだけれど……ゼノラー王子は昔から極度の緊張やストレスに直面した時にはお酒を飲む癖があったのよ」
「癖?だが、今日がどういう日かあいつもよくわかってるはずだ。アーモロートを攻め落とすんだぞ?君も見てみろ、この部屋の有様を。いくらなんでもこれは飲み過ぎだ。これが癖だって?」
  テーブルの上どころか、床にも散乱した空の酒瓶の山をリューベンは指さした。常人が昨日の夜こんな強い酒の量を飲んだら、朝起き上がる事さえできないはずだ。とすると、ゼノラーはかなりの酒豪か、酒について耐性がついているということになる。
「……わかった……あなたに見られた以上、はっきり言っておかなければならないわね。お酒に頼っている、依存しているといった形容が近いかもしれない。でも大丈夫。王子はあれでいて、やるべきことはちゃんとやれるお方だわ。あなたから見てもそうでしょ?」
  ヴァハはやっとリューベンの目を見てものを言った。その瞳からは、ゼノラーを信じてくれ、と訴えかけてくるものがひしひしと伝わってきた。
「確かに、酒に溺れているような人間に、ここまでの事を成し遂げるには無理があるが……」
  実際、ゼノラーの有能さと、手腕の良さはリューベンさえも認めるところだ。
  荒廃しきった廃都エッセネを何年もかけて復興させ、ルーヴェルラント王国における民衆の心を掌握し、そのかたわらグランス公国の持つ新兵器の情報をいち早くつかんで密約を交わしてもみせる。
  今も昔も、リューベンは単なる『カリスマという才能』だけで生き残ってきた。
  しかし、ゼノラーは違う。常に外界に意識を向け、未来に対して明確なビジョンを持ち、学問にも打ち込んできたからこそ、ここまでの事を成し遂げることができたのだ。それは、短い付き合いの中でリューベンにもよくわかっていた。
  人の上に立つ能力という点では、ゼノラーとリューベンとでは天地の差なのである。
「大丈夫……戦場に出向いたら、いつものゼノラー王子に戻っているわ。さあ、リューベン、行きましょう」
「あ、ああ……」
  ヴァハはすぐにでもこの話題を終わらせたいと思っている。しかも何かを隠している。20年の時を飛び越えてきたリューベンにとっても、やはりヴァハは付き合いの長い戦友である事には変わりないのである。そのくらいの事はわかっていた。だが、これ以上詮索しても、ヴァハは何も言ってくれまい。
  ヴァハは自分に嘘をつくのが下手な女性である。もしゼノラーの身に何か大変な事があれば、いつかはリューベンの耳にも入ってくるだろう。ここは下手に騒ぎ立てるより、穏当に徹しておくのが賢明に思われた。
  そう思い、テーブルと床に散乱した酒瓶を不安げに見つめながら、リューベンはヴァハに手を引かれ家をあとにしたのだった。

※※※※※※※※※※※※※※※

 風向きによっては、波の音が、まったく聞こえない朝というものがあった。
  周囲が運河に囲まれている水上都市アーモロートの王城、エピファネス城にあっては、一年に何度あるかないかの事である。波の音に慣れてしまったからではなくて、耳をそばだてても聞こえないのである。
  波の流れの方向と風の有無、方角、城内の居る場所等、いろいろな条件が重ならなければこうはならない。
  そんな日の朝は、ミュッセ・リガンスタインは豊かな一日が始まるのではないかといつも思うのだ。
  朝の太陽の光は、レースのカーテン越しにやわらかくあたたかに謁見の間いっぱいに溢れていた。
  本来ならば、こんな朝はベランダに出て朝の爽やかな空気に触れるのが日課になっていたが、今朝は無粋な闖入者(ちんにゅうしゃ)のおかげで断念せざるを得なかった。

「ミュッセ様、昨日の夕方の事でありますが……」
  石造りの玉座に座っているミュッセの前に片膝をつき、律儀にかしずいていた近衛騎士隊長フラッタル・ロンゼの神妙な声が謁見の間に響いた。フラッタルは甲冑から軍靴にいたるまで黒一色のよそおいである。マントの裏地だけが、落日のしずくでそめあげたように赤い。陽にやけた若々しい顔は、するどくひきしまって、美男といってもよかった。
  眺望の利く窓ごしに、鮮やかな運河の深い青を眺めていたミュッセは、フラッタルの方に顔を向けた。
「ああ、どうやらゼノラーは、完全にリドル神聖5公国のグランス公国と手を結んだらしいな。奴らしい、恥を恥とも思わぬ行為だ。よりによってザフネス教の狂信者達と手を組むなどと……まったく、かつてはクルトニア王国第一王子であった事もあろうに、墜ちるところまで墜ちたものよ。度し難いにもほどがある」
  ミュッセは吐き捨てるように、ゼノラーの所業に対してあらんかぎりの罵倒を投げつける。
  ミュッセ・リガンスタインは、今年52歳を迎えていたが、その外見は実年齢よりも随分老けて見えた。金色の髪には白いものがかなり混じっており、口元の皺も深い。しかし、その鋭い翠(みどり)の眼光だけは、20年前のファルコン自由解放同盟で軍師を務めていた頃と少しも見劣りがしておらず、未だ現役であるといっても充分通用しそうな威厳を備えていた。
「監視塔からの報告によりますと、岸沿いのハシディームの街、トリエステ港に寄港している敵艦隊は艤装(※ぎそう――進水した船に就航に必要な装備を施すこと)をはじめている模様です。敵がどういうつもりかは図りかねますが……」
「たった14隻の軍艦が艤装をはじめている?とすると、エッセネ蜂起軍はグランス公国からよほどの操船技術を伝授されたか、強力な新式の大砲か装甲版を貸与されたかのいずれかだな。敵は今からこのアーモロートに攻め込んでくるつもりだ」
  ミュッセは尖った顎をいじりながら、目を細めた。
「……!今から、でありますか?たった14隻で?敵が次の増援を待っている可能性はないのでありますか?」
  フラッタルはミュッセの発言に、思わず聞き返した。
  この難攻不落の水上都市アーモロートに、たった14隻で攻め入るなど正気の沙汰ではない。
「エッセネの反乱軍が蜂起してからまだ2日しかたっておらん。グランス公国から艦隊が派遣されるのも想定外のことだった。そのため、昨日の我らはおめおめとグランス艦隊に運河への侵入を許してしまった。だが、もうアストリア運河への入り口は我が艦隊によって完全に封鎖しておる。これ以上の増援が送り込まれたとしても、むざむざと運河に入れさせはせんよ。そのことはゼノラーもわかっているはずだ。増援が期待できない以上、敵は14隻の軍艦でアーモロートに攻め入るしかない」
「それはそうでありましょうが……いくらなんでも14隻の軍艦で攻撃を仕掛けてくるというのは、あまりに無謀ではありませぬか?」
「だから、敵はグランス公国から強力な新技術を伝授されたのではないかと言っておるのだ。
――そういえば、貴公はゼノラーをよく知らんのだったな。ゼノラーは精神が不安定で、酒にも溺れているどうしようもない男だが、バカではない。クルトニア王国にいた頃の奴は無能で怠惰な王子に過ぎなかったが、潜在的に頭の方はきれると言える。何の策もなく、これみよがしに長い間グランス公国から呼び寄せた艦隊を、我らからも見えるトリエステ港に寄港させるような真似はしないはずだ。グランス公国から伝授された新技術に絶対の自信を持っている証拠だ」
  確かにミュッセの言うとおりだった。
  グランス艦隊が岸沿いのトリエステ港に寄港するには、運河を通るしかない。しかし、それは同時にアーモロート側にも目撃されてしまうということだ。グランス公国から物資の補給だけを受けるのなら、運河が包囲される前の昨日のうちにグランス艦隊を帰しているはずだ。
  それもせず、まだトリエステ港にグランス艦隊を寄港させているというのは、エッセネ蜂起軍はグランス艦隊をアーモロート攻略に使うつもりであると考えるのが妥当である。
  となると、アーモロートの大艦隊が攻め込む前に、14隻しか軍艦を擁してないエッセネ蜂起軍は今からでも先制攻撃をかけるしか道はないのだ。
「ゼノラーは、20年前のリューベン陛下マグスの魔法によって現代に降臨し、今の共和国に天誅を下すため反乱軍に味方していると民衆を扇動しているらしいが……馬鹿馬鹿しいことこの上もない。騙される民衆も民衆だが、替え玉を使って民衆やシーガイアの残党達を巧妙に扇動させることが出来るのも奴の真の恐ろしさだといえる。ゼノラーを侮ってはならん」
  ミュッセは、教え諭すようにゆっくりと言葉を使った。
「では、我が方はいかなる迎撃手段を用いればよろしいでしょうか?」
  フラッタルとて、まだ27歳になったばかりだが、近衛騎士隊長でもあり用兵家としても名を知られている騎士であった。
  だが、目の前には20年前、シーガイア王朝を討ち滅ぼした伝説の軍師ミュッセ・リガンスタインがいるのである。彼の指示に従えと、フラッタルの直感は言っていた。
「案ずるな。ただでさえ、この王都アーモロートは無数の迎撃塔と、80隻以上の強力な艦隊によって鉄壁の守りを誇っている。エッセネ蜂起軍がいかにグランス公国から何かしらの新技術を伝授されたとしても、たった14隻ではどうにもなるまい。――だが、今のままで充分だが、己の力を過信しすぎるのも問題ではあるか……」
  ミュセは頬杖をつき、様々な思索を巡らせた。
  戦争をするというのは、どこまでも我慢の連続であると骨身に染みるのは、こういうときなのだ。
  だいたい、事態が進行しているときには、どれが局部的でどれが大局的な現象なのか判断がつかないものだ。それでも、現在の動きがどのような性格のものか判定して、軍という組織を動かして、王国を守らなければならないのが、十二神将であるミュッセの義務なのである。
  そして、長年の経験からミュッセが下した結論は次のようなものだった。
「念のため迎撃塔には火矢に加えて、射程の長い大砲を積み込ませろ。敵は新式の装甲版を船体に装備しているかもしれん。矢を貫通させない装甲板を敵が装備している可能性は充分考えられる。それから王都中の騎士や兵達に至急、招集をかけろ。我が方には強固な城壁があるとはいえ、絶対に破られないとは言い切れん。敵の上陸に備えて全兵に武装をさせておけ。主力であるルドン港とタレイア港に待機させてある各艦隊には、いつでも敵を迎撃できるよう出動準備を怠るなと伝えておけ!いいか、敵艦隊が迎撃塔の射程圏内に入った時が勝負だ!」
  ミュッセの指示は淀みなく、迅速なものだった。あくまで『待ち』を主眼に置いた戦術である。
「ハッ!承知いたしました!」
  フラッタルは実直な返事を返しながら最敬礼をし、早速ミュッセの作戦を実行にうつすため謁見の間を辞した。
  フラッタルが姿を消し、謁見の間に誰もいなくなると、ミュッセは溜息をついて玉座に深く身を沈めた。そして、窓の外のおだやかな景色を見やる。
“ゼノラーか……もし奴が私の前に現れたら、私もただでは済まんだろうな。……フッ、だが、その前に運河の藻屑(もくず)と消えるのが奴の運命だろうがな……”
  事態をすぐに判断しなければならないのは過酷ではあるのだが、ミュッセが動揺もせず憂鬱にならないのは、ひとえに頼りにできる水上都市アーモロートの絶対的な防御力にあった。
“このアーモロート、落とせるものなら落としてみるがいい。ゼノラー”

※※※※※※※※※※※※※※※

一方その頃、ハシディームの街、トリエステの港では――

「メルート卿がエッセネ艦隊の旗艦に乗船してくれるのは、心強い限りだ」
  そう言って、ゼノラーは微笑んだ。
「なに、実質的な艦隊の指揮は艦長がやってくれてます。私はただのお飾りのようなもんですよ」
  メルートは相変わらずのんびりした口調で返す。
  しかし、彼の言う事はもっともだった。メルートだけではない。海や運河の上では、船乗りたちこそ主役なのだ。その証拠に、司祭エンサスは今回の戦闘には参加すらしない。船の事も、武芸にも精通していない彼は足手まといだということだ。
「それでも、エッセネ艦隊はアーモロート市街に一番早く上陸する手筈の艦隊だ。要となる総指揮官であり、聖騎士でもある貴公が乗艦してくれるだけで、兵達の士気も上がるというものだろう」
「まぁ、そういうものですかね?あんまり自覚はないんですが」
  そのメルートの言いように、ゼノラーはひときしり笑ってから真顔に戻り、リューベン達エッセネ蜂起軍の将軍達の方に向き直った。
「では、作戦の概要を再確認しておく。我らエッセネ艦隊がアーモロート市街に上陸したら、ヴァハとメイマー率いるエッセネ騎士団と、メルート卿率いるグランス騎士団が敵を攪乱する。目的は王城エピファネスへの突破口を開く事だ。――2人ともわかっているな?特にお前達2人は、バリア人とディープ・ウォルス人という、人種を越えて初めて同じ作戦を共にする。互いの意思をよく汲み取り、尊重し合いながら戦闘にのぞむのだ。いいな?」
「ハッ!」
  ゼノラーの言葉に、2人の女騎士は踵を鳴らして同時に敬礼をする。
「そして、リューベン。お前は俺と一緒に兵を率いて一気にエピファネス城へ攻め入り、ミュッセを拘束する。奴を取り押さえればアーモロートを陥落させたも同然だ。いいな?」
  エピファネス城に攻め入る役は、リューベンたっての願いだった。ゼノラーはそれをよく汲んでくれていた。
「わかっているさ」
  リューベンは返事をしながら、内心ではホッと胸をなでおろしていた。ヴァハの言うとおり、ちゃんといつものゼノラーに戻っているという安心感だ。誰だって機嫌や調子の悪い時はある。あれはそういう類のものだったんだと、リューベンは自分で自分を納得させていた。
「間もなく出港です。皆さん、乗艦してください」
  メルートに促され、エッセネ蜂起軍の将軍達に続いて、騎士と兵士達がぞろぞろとタラップをのぼっていく。
「ところでメルート卿、機関砲を早速見せてもらいたいのだがな?」
  ゼノラーがそう言うと、
「ああ、これは失礼。あれですよ」
  メルートは、中央甲板にズラリと設置されている四角い鉄製とみえる箱形のものを指さした。
  蜂起軍の将軍達は、好奇心のかられるままに自然と早足になり、機関砲をまじまじと見つめた。
「ほう……これが?」
「そうです。これが我が国で開発された最新鋭の機関砲です」
  それは蜂起軍の将軍達にとって全く未知の形状をしていた。装甲の張り方、カーブのつき方だけでも高度で洗練された技術があると思わせる。そして、その前方には5本の筒が突き出ていた。




【グランス式機関銃・甲板搭載仕様】


  しかし、ゼノラーだけは事前に機関砲がどのような形状のものか報告を受けていたのだろう。細長い筒を指し示し、メルートに聞いた。
「メルート卿、この5本の筒が銃身というわけか?」
「そうですよ。ここから毎分100発もの弾が発射されるというわけです」
  昨日、鋼鉄の鎧をも易々と貫くリボルバァの威力を見せつけられたリューベンには、毎分100発もの弾丸を発射できる機関砲の威力というものが、にわかには想像できなかった。
「しかし、こんな細長い砲身で、本当にアーモロートの迎撃塔や艦隊を撃破するだけの力があるというのか?」
  メイマーは、金属の砲身をスラッと手のひらで滑らせて、もっともな意見を口にした。いくら強力でも、線の貫通力だけでは巨大な建築物や船を撃破することはできない。
「いやあ、ごもっともな意見です。確かに破壊力はありますが、いくらなんでも建物や船を壊滅させるだけの力はありません。機関砲は、1人で多数の人間を打ち負かしたいという願望から生まれた兵器ですから、基本的な運用方法は人間の殺傷です。ですが、今回は攻城戦、対艦隊戦ということで、これとは違う種類(タイプ)の機関砲も用意させていただきました。自動カノン砲といいます」
「自動カノン砲?」
  またもや新しく耳にする単語に、ゼノラーを除き小首をかしげる一同。
  メルートは、一同を船首甲板へと案内した。
  そこには、車輪のついた小型の大砲らしきものが6つ設置されていた。




【グランス式自動カノン砲/最大射程4km(砲車搭載時)】


「これが自動カノン砲です。見てくれは小さな大砲にしか見えませんが、弾の中に火薬を仕込んであります。しかも遅発性の信管を使っていますので、その破壊力は従来のただ玉を打ち出す大砲とは比べものにならないほど大きなものです。そして、連射もできる点では機関砲の仲間です。射程は約4キロメートル。先程お見せした機関砲は多数の人間の殺傷、この自動カノン砲は攻城や対艦隊戦を念頭において作られています。この2つのタイプの機関砲を組み合わせれば、堅牢な水上都市アーモロートの防御陣を突破できると自負します」
  メルートにしては珍しく、きっぱりとした物言いだった。

  ファルコン半島にもカノン砲(大砲)は普及している。しかしあまりに巨大で、特にグランス艦隊のような小さな帆船には、とうてい船首などという狭い場所に設置できるものではない。射程にしても約1.5キロメートルが最大であった。しかも、この自動カノン砲と呼ばれる新兵器は、弾の中に火薬が仕込んであり、連射も可能だという。


【ファルコン半島で普及しているカノン砲(大砲)/有効射程1.5km

 グランス公国における、あまりの先鋭的な技術に、一同は感嘆の溜息をついた。
「……素晴らしい。書簡で機関砲がどの程度のものか報告は受けていたが、やはり実物を目の前にすると違うものだな。やはりグランス公国の力を借りたのが正解だったようだな、ヴァハ」
「そうですね。いくら頭のきれるミュッセでも、グランス公国がここまで先進的な技術を保持しているとは思ってもみないでしょう、ねえリューベン?」
  すでにヴァハは、リドル神聖国に対する私怨と、今回の攻略戦を完全に割り切っているようだ。でなければリドル神聖国に属するグランス公国を賛美するような事は口が裂けても言いはしないだろう。
「あ、ああ……そうだな」
  驚嘆の声をあげる3人の将軍を横目にリューベンは心中複雑だった。
  いくらなんでも技術が進みすぎているという直感だ。
  大げさな言い方をすれば『この世にまだあってはならないもの』を目の当たりにしているような感覚なのだ。
  そして、これだけの技術力がありながら、なぜまたリドル神聖国がファルコン半島を制圧しないのかも謎だった。
「メルート卿、失礼な事なのだが聞いていいか?」
「……?どうぞ」
  リューベンの神妙な顔つきに、メルートはきょとんとした顔をしている。
「単刀直入に言わせてもらう。これだけ優れた技術を保持していながら、なぜまたリドル神聖国はファルコン半島を征服しようとしないんだ?」
  リューベンの真剣な問いに、メルートは肩をすくめて、やれやれといった感じで説明をはじめた。
「前にもお話したと思いますが、我が君主デュナス公は武力で人を抑えつけられるとは考えていないのです。力で人を抑えつけ、改宗を迫っても、すぐに人々の怒りを買い瓦解してしまいます。20年前、あなたがたに討ち滅ぼされたシーガイア王朝がいい例でしょう?それよりも、まず和平を結んでみせる。そこからよりよい共存の道を共に模索する。それが我々グランス公国の考え方なのです」
  メルートは、ちらりとメイマーに目配せするように言いきった。メルートの言いようは、明らかにシーガイア王朝のやり方を批判するようなものを含んでいたからだ。しかし、特にメイマーは反応することなく、無表情のまま腕を組み、耳をそばだててるだけだ。
「巫女王(ふじょうおう)ゼノビアもそう考えてるのか?」
  巫女王ゼノビアは、リドル神聖国の頂点に君臨するマグスだ。この20年間の間にリドル神聖国内で反乱が相次いでいるとは聞いているが、巫女王ゼノビアの命令は絶対のはずである。
「畏れ多くも巫女王ゼノビア猊下(げいか)の大御心(おおみこころ)は、私ども聖騎士が知るところではありません。ですが、ファルコン半島への侵略の勅命が下ってない以上、巫女王ゼノビア猊下の大御心はファルコン半島と和平の道を模索しておられると我らは思っています」
「そうか……」
  うまいことはぐらかされてしまった、というのがリューベンの正直な感想である。だが、ここのところはそれで納得するかなかった。
“リドル神聖国……油断は禁物だ。私を甘く見るなよ。いつか化けの顔をはがしてやる。ヴァハだってそう思ってるはずだ”
  20年前、シーガイア王朝に踏みにじられたあの屈辱を覚えている者は、皆同じ気持ちであろう。 このメルートという男とて、常に笑顔を絶やさない柔和な物腰をしているが、裏では何を考えているかわかったものではない。リューベンは、改めてそう思うのであった。

※※※※※※※※※※※※※※※

 そして作戦は開始された。
  まずは、グランス艦隊が二手に分かれて島の北部に位置するのタレイア港と、南部に位置するシドン港の封鎖にかかった。
 島の南部のシドン港から出動するルーヴェルラント艦隊はおよそ46隻。対して、行く手を阻むグランス艦隊はたった4隻である。




  シドン港艦隊の総指揮官であるムスターマ・ガザエル艦長は、当初簡単にケリがつくと思っていた。
  運河上に出て、艦隊を縦1列に並ばせて大砲を撃ち込んでやれば、たった4隻の戦艦などあっという間に撃沈できると、たかをくくっていた。
  だが、その思いはすぐに覆された。
  運河上に出ようとしても出られないのだ。敵の超長距離からの砲撃によって、狭い湾内から出る事すらかなわず、シドン港艦隊は完全に足止めを喰らっている状態だった。


「うおーっ!」
  男たちの断末魔が上がった。十連発の連射であった。鮮血が吹き上がり、何十人もの屈強な男達がメインデッキの甲板上に崩れ落ちていく。
「大砲なんぞ、どこにも見えんぞッ!?どこから撃ってきているというんだッ!?」
  艦長のムスターマは思わず絶叫していた。
  敵は正体不明の最新鋭の兵器を使っている。それは矢でも従来の大砲とも違うようだった。
  全く未知の火の玉が、次々と甲板上にいる船員達を打ち抜き、なぎ払っていく。遙か遠方から、目にも止まらぬ速さで飛んでくる火の玉に、船員達は戦慄を覚えざるをえなかった。
  続いて、船の左舷、右舷問わずに大岩をぶちこむような音がして飛沫(しぶき)があがった。
「あんな距離から連続の砲撃だとッ!?」
  ムスターマが叫ぶ間もなかった。
  その白い飛沫が充分に盛り上がらないうちに大音響が響き、その海面全体が膨れあがった。しぶきが旗艦の側面を強打し、水柱が上がった。こちら側の大砲弾は、ただの鉄球であるのに対し、敵の砲弾は凄まじい破壊力を秘めていた。
  シドン港を取り囲む迎撃塔を襲ったのも、この砲撃だった。
  シドン港を取り囲むようにしてそびえ立つ12塔もあった迎撃塔は、真っ先に敵の敵艦隊が打ち出す新型大砲によって残らず吹き飛ばされ、見るも無惨な残骸と化していた。
「退避航路をとりつつも、直進!帆を下ろせ!他はいじるなよ!そのまま敵艦に体当たりをかけろ!乗り移って白兵戦にもちこむんだ!」
  船尾最上甲板に立つムスターマは、右手でメガホンをささえ、メインデッキにいる男達にむけてわめきたてた。
  しかし、それは不可能であるとムスターマにも分かっていた。
  次々と敵の猛攻によって撃沈されていく僚艦を前にして、艦長であるムスターマは、少なくとも敵は2種類の砲を使い分けていると理解しかけていた。
  ひとつは無数の弾を一斉になぎ払うように、小さな玉を続けざまに発射する砲。
  もうひとつは旧来の大砲より数倍の破壊力と長い射程距離を持ち、しかも連射ができる砲。
  どちらにも共通しているのは『連射が出来る』という点と『極めて長い射程距離を持つ』という点だ。
  この2つ特徴は、こちらに反撃の隙を一切与えてくれなかった。なにしろ甲板に立つだけで、すぐさま狙い撃ちにされてしまうのだから。船員達は甲板上に小さくなって、自分に弾が当たらない事を祈ることしかできなかった。
  戦況は、一方的すぎた。
  当初、46隻もあったシドン港艦は次々と撃沈され、残るはムスターマ達が乗る大型の旗艦のみとなっていた。


  若い砲手長の一人が、体を低くして船尾最上甲板まで駆け上がってくるとムスターマに向かってわめくように聞いてきた。
「艦長ッ!あんな小さな船に大砲が装備してあるというのですかッ?」
「わからん!敵艦隊の舷側にはそれらしきものは見当たらない。よく捜せッ!」
  そう言って、ムスターマは望遠鏡を砲手長に手渡した。
  砲手長はグランス艦隊の船の側面をつぶさに観察したが、砲門らしきものはなにひとつ見当たらない。
  通常、グランス艦隊のように小さな帆船に搭載されている大砲というものは、砲自体が巨大なゆえに船の側面に位置する砲門から突き出ているものである。しかし、どう目をこらしてもグランス艦隊にはそれらしき砲門がなかった。
  機関砲の概念などないシドン港旗艦の船員達は、戦々恐々としながらも、なんとか敵の大砲の位置を探るため、敵戦艦の隅から隅までを観察していた。
「あれです!敵艦の中央甲板にそれらしきものがッ!それに船首にも小さな大砲らしきものがありますッ!」
  ムスターマの隣にいた砲手長が、驚きの声を上げて、接近しつつあるグランス艦の中央甲板を指さした。
  ムスターマも慌てて望遠鏡を目に当てた。
「あんなところに大砲が置いてあるというのかッ!?」
  先込めの大砲しか知らない人間が、大きさも形も全く異なる武器を見せられたからといって、それを威力のある兵器とすぐに理解するのは難しい。ましてや、あんな小さな帆船が中央甲板に砲を設置することなど、ムスターマ達ファルコン半島の船乗りにとってはあり得ないことだった。
  ガガガガッと耳をつんざくような音がして、また無数の火の玉が風を切って飛んでくる。甲板上にいた半分以上の男たちが直撃に爆死し、木製の甲板はあっという間にささくれだった。
「艦長ッ!わかりました!あの筒から火の玉が発射されていますッ!」
「あんな長い、細い砲身にこれほどの威力がッ!?」
「また砲撃!?艦長!伏せてッ!」
  再び一連射があって、最後尾のマストがものの見事に吹き飛び、その破片がメインデッキに飛ぶ。 間一髪、ムスターマと隣にいた砲手長はその場に伏せて助かったが、もう一瞬遅かったら2人とも無惨な肉片と化していただろう。
「玉に火薬が入っている!?バカな!」
  彼らの背後に位置するキャプテンルームの扉に残った弾痕からでる煙を見て、砲手長が呻いた。
「あれは大砲ではない。大砲の当たり方とは明らかに違う!」
  ムスターマは、もはやそう断定するしかなかった。
「敵は新式の砲を装備しているという事でありますか?」
「そうだ!だが、むざむざとやられはせんッ!ジグザグの角度をとれ!残った砲撃手をかき集めて、敵艦を捕らえたら即撃て!弾をけちるな!全部使い切れ!」
  そのとき、グランス艦隊の砲がぐるりと回った。
「敵の砲がこっちを回った!こっちを見た!艦長ッ!」
  隣にいた砲手長の声がはじけた。
「うおおおぉぉぉっ!?」
  火閃がひらめき、敵の砲は掃射を加えた。艦長ムスターマの絶叫とともに、二人は着弾の爆発に包まれた。


  シドン港艦隊は、総指揮者であったムスターマ・ガザエル艦長を失い、旗艦も大破したことから、船員達はもはや投降するしか道は残されていなかった。残った船員達は白旗を掲げ、大人しくグランス艦隊に投降したのだった。ゼノラーの命を受けたグランス艦隊の船員達は、投降した船員達を丁重に扱った。



  そして、時を同じくして、島の北部のタレイア港艦隊もグランス艦隊の圧倒的火力の前に敗北し、ルーヴェルラント艦隊は事実上全滅し、2つの港は完全に封鎖されたのだった……。





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